冬の函館 再現された五稜郭内の箱館奉行所1 榎本武揚とあのドラマが蘇る!

スポンサーリンク

凍ったお濠を渡って箱館奉行所へ

2017年12月24日(日)から26日(火)まで、二泊三日で冬の函館旅行に行く機会がありました。

冬の函館 マイルを貯めて片道だけ無料で函館へ! GLAYの故郷函館で知る人気のすごさ 

2017.12.27

12月25日(月)は朝から暴風雪警報が発令されていたのですが、朝のうちはまだ雪が降っていなかったので、五稜郭タワーからまず五稜郭の全体を展望した後、五稜郭の中心にある箱館奉行所を見学することにしました。

五稜郭タワーから一の橋へ。ここが五稜郭公園の入り口になります。橋のそばには、箱館戦争の供養塔がありました。ここで戦争があったことが、実感できる場所です。

一の橋を渡ると次は二の橋。下の写真の左側が一の橋。橋で囲まれた小さな島は半月堡(はんげつほ)と呼ばれ、出入り口を防御するため、星型の5つの頂点の間にある出塁です。

死角をなくすために、当初は5カ所すべてに造られる予定でしたが、予算削減で表門の1カ所だけにしか造られなかった半月堡。公園入口にふさわしい、解説板や石碑が立っていました。

二の橋から見たお濠。ガチガチに凍っています。見るからに寒そう。

五稜郭の内部に入りました。これが箱館奉行所の表門。建物はまだまだこの奥です。

星の形をした西洋式の城塞ですが、石垣は伝統的な日本のスタイル。

ここに門番所跡があったそうです。

やっと見えてきました。箱館奉行所です。太鼓櫓に登れなかったのが残念(危険だそうです)。

榎本武揚が語る土方歳三の姿とは

箱館奉行所は、幕末の箱館開港により、徳川幕府の役所として設置されました。

当初は箱館山麓(現在の元町公園)に奉行所は設置されましたが、港湾から近く、外国船からの防備上不利であったことから、内陸の亀田の地(現在地)に移すこととしました。

この奉行所を守る外堀に、蘭学者の武田斐三郎(あやさぶろう)がヨーロッパの城塞都市を参考として西洋式の土塁を考案し、星型五角形の形状から、五稜郭と呼ばれることとなったのです。

武田斐三郎先生顕彰碑です。箱館で諸術調所教授役となり、多くの人材を育てました。

箱館戦争後の1871(明治4)年に、北海道開拓使により奉行所の建物は解体され、大正時代以降は更地の公園になってしまいましたが、2010年に箱館奉行所は再現されたのです。

入り口には、折り鶴が置かれていました。とても可愛くて、なごみます。

まずは「再現ゾーン」へ。使者の間には、榎本武揚の書(複製)が展示されていました。

箱館戦争に敗れ、東京に護送されるときの心境を詠んだものです。

失意の歌だけれど、命がけで彼の助命嘆願をした薩摩の黒田清隆というよき理解者に恵まれた榎本さんは、とても幸せ者だったと思います(海外の新知識を持つ貴重な人材だからでしょうが)。

そして予期しなかったことですが、こんな書もありました。同じく榎本武揚の書の複製です。

これは箱館戦争終結後、土方歳三の甥が、歳三の戦死の状況を聞くべく榎本武揚を訪ねた時、彼が故人をしのんで書き上げたもの。

「部屋に入ると清らかな風が吹くような、爽やかな人物であった」という意味だそうです。

やっぱり土方さんはかっこよかった!と、一人感激。

2006年に放映された『新選組!! 土方歳三最期の一日』(大河ドラマ『新選組!』の続編。大河ドラマで史上初の続編ドラマです)を思い出してしまいました。

榎本武揚さん(片岡愛之助さん)と土方さん(山本耕史さん)の、どっちが「ロマンチ(ロマンチスト」か?という大論争が懐かしい。どっちもロマンチです。

あのコンビだったから、一昨年の『真田丸』で石田三成(山本耕史さん)とその親友・大谷刑部(片岡愛之助さん)のコンビもとても息がぴったりだったように思いました。

余談ですが、『土方歳三最期の一日』の配役を見ていると、大鳥圭介さん役が吹越満さん。

『おんな城主直虎』『精霊の守り人』でずっと拝見していましたが、ここにもいらしたとは!

とにかく、玄関入って最初の部屋で、こんなに盛り上がるとは思ってもいませんでした。

入館料500円が、とても安く感じます。

再現ゾーンの圧巻! 72畳の大広間

使者の間を抜けると、大広間。壹之間~四之間まで、ふすまを開け放つと72畳の大広間になります。

あまりこのような大広間を見る機会がありません。時代劇の世界に触れて、大感激!

ここでは女性スタッフがおられ、タブレットを使って詳しく説明してくださいました。

壹之間は奉行所の中でも格式の高い部屋で、箱館奉行が接見に利用しました。

正面左にはみごとな欅の一枚板に華麗な漆黒の漆塗りの違い棚。

その右の床の間には2人目の箱館奉行堀織部正利煕(ほりおりべのしょうとしひろ)の書が掛けられています。

天井板は竿縁(さおぶち)とよばれる3本の細い木材が支えています。木目も美しく揃っていますね。

復元工事の際に、当時の記録や古写真、発掘データなどをもとに当時の姿をできる限り再現しており、天井や障子戸にも、見えない工夫が施されていました。

障子に溝を作って、ぴったりと閉まる工夫がされています。

廊下の欄間も美しく、釘隠しにもこだわっていたようです。

見どころたくさんの箱館奉行所。次回は歴史発見ゾーン、映像シアター、建築復元ゾーンの紹介です。

お楽しみに。

スポンサーリンク

無料メルマガ会員募集中!

昔の大河ドラマや歴史に関する映像作品、地味だけどきらりと光る歴史上の人物など、ブログよりもコアな内容でお送りします。新しい気づきと感動をお届けします。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です