ピーチで松島日帰り旅8 円通院と支倉常長 大航海時代のロマン 

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2018年10月23日(火)、日帰りでの松島個人旅行で最後に訪れたのが、瑞巌寺に隣接した円通院

昼食で牡蠣を堪能した後、円通院を目指しました。

五郎八姫の墓所が近い

円通院は、瑞巌寺と同じく、臨済宗妙心寺派に属している寺院です。

瑞巌寺の南側に隣接し、美しい庭園や縁結び観音で有名なお寺だそうです。

円通院に行く途中、伊達政宗の長女・五郎八(いろは)姫の墓所である天麟院(てんりんいん)があったのですが、今回は時間がなく、拝観はお預け。

五郎八姫、また次の機会にお会いしましょう!

円通院の庭 松島湾の七福神を現した石庭

円通院は、天麟院から歩いてすぐの場所にありました。

まだ紅葉には少し早かったようですが、大勢の観光客でにぎわっています。

こうしてみると緑の木々も、とても美しいですね。ところどころの赤い紅葉が、風情ありげです。

この石庭は「天の庭」「地の庭」で構成され、「天の庭」は須弥山(しゅみせん 古代インドの世界観の中で中心にそびえる山)を中心に、松島湾に実在する七福神の島を表現しているのだとか。

上の写真の左が布袋尊、右の平たい石が大黒天のようです。

松島湾は白砂、周囲の山々は苔で表現されています。

ボランティアガイドさんと巡る円通院の庭

私たちは個人旅行だったのですが、よく通る声のガイドさんが、「一緒に来て。説明を聞いて。」と言ってくださったので、どこの団体のガイドさんなのかわからないまま、他の人たちの後ろに隠れ、団体に紛れこんで歩くことになりました。

この先頭の、黒い服の方がガイドさん。後で知ったのですが、ボランティアガイドの方だったのです。

何の花かな?

この辺りが、人生を表している「地の庭」でしょうか。

苔の緑がとても美しいです。癒される庭園だなと思いました。

猫の肉球にも似た!この石は何の印だろうと思っていたら、これは伊達政宗の家紋の1つ、星を表現した「九曜(くよう)紋」。

なんと、伊達政宗は8つの家紋を使っていたそうです。知らなかった!

この家紋を通り過ぎて、さらに進みます。

いかにも多くの人々が上り下りしてすり減った!という石段を登ります。どこへ続いていくのかな?

伊達家350年の秘宝 三慧殿

階段を上った先にあったのが、この建物。

これこそ、「円通院霊屋(たまや)」の名で国の重要文化財に指定されている、伊達光宗の霊廟・三慧殿(さんけいでん)です。

伊達光宗は伊達政宗の嫡孫で、幼少の頃より文武に優れ、江戸幕府にも恐れられた逸材であったとか。

わずか19歳で江戸城内で亡くなり、その死因についても毒殺説と病死説があるそうです。

霊屋は我が子の死を悼んだ二代藩主の伊達忠宗によって建立され、厨子の中には白馬にまたがる衣冠束帯の光宗像。

そして彼の後を追い殉死した、7人の家臣の像が祀られています。

支倉常長がもたらした西洋のデザインが飾る厨子

伊達政宗と言えば、忘れてはならないのが、ノビスパン(メキシコ)との貿易を目指し、家臣・支倉常長を遠くローマに派遣したこと(慶長遣欧使節)。

実はこのボランティアガイドさんの服装が、支倉常長だったのでした。確かに雰囲気満点です!

この厨子には、支倉常長が西洋から持ち帰った様々な文様が、装飾として使用されていました。

ローマを象徴するバラの花や、フィレンツェを象徴する水仙、そしてトランプのダイヤ・クローバー・ハート・スペードの4種類の文様が使用されているのです。そういわれれば、確かにそう見えるかも。

支倉常長が亡くなったのが1622年、この厨子が建造されたのが1646年だから、常長が亡くなって20年以上も経っているのですが、西洋文化の香りは、伊達家の中に秘かに息づいていたのでしょうか。

異国情緒満載のこの厨子は、3世紀半もの間公開されず、秘蔵されてきたため保存状態もいいようでした。

嵐の相葉くんと櫻井くんも訪れた本堂

三慧殿の見学を終えると、ガイドさんは更に境内の奥へと案内してくれました。

瑞巌寺にもみられた洞窟群がここにもありました。

約700年前に使用されていたようです。鎌倉時代後期~室町時代ごろ、中世の信仰の姿でしょうか。

さらに歩くと、バラの庭「白華峰西洋の庭」へ。

「三慧殿」の厨子に描かれているバラ、アカンサス、ガーベラなどをモチーフにして、仏教とキリスト教の出会いによって生まれたバロックな庭だと、パンフレットには書かれていました。

天野明道住職が、バラを植えて庭を造ったようでした。今は季節外れなので、少ししか咲いていません。

更に進むと、伊達藩江戸屋敷にあった小堀遠州作の庭を移築したという「遠州の庭」へ。

心字池と、観音様の浄土である補陀落山(ふだらくさん)で、ご本尊の聖(しょう)観世音菩薩にふさわしいデザイン。

本堂は、伊達光宗が過ごした伊達藩江戸屋敷の納涼の亭で、我が子の死を悼んだ藩主の伊達忠宗が、1647年に江戸から解体移築したものだというからびっくりです。

明暦の大火や関東大震災、東京大空襲などに見舞われた現在の東京には、この時代の建物がもう残っていないとか。とても貴重なものだった!(松島町指定文化財)

ボランティアガイドさんが、大震災の時の様子や、嵐の相葉くんと櫻井くんもここを訪れたことなどを教えてくれました。

今回の旅では、バスガイドさんやこのボランティアガイドさんから震災の様子や、そのあとの復興の様子を聞くことができたのが、とてもいい思い出になりました。

円通院では、世界でただ一つのオリジナルの数珠づくり体験もできるそうです(予約不要。約20分)。下の写真が会場です。

料金は数珠の材質によって異なるようですが、1,000円から。数珠づくり体験をする場合は、拝観料は無料です。

紅葉真っ盛りの円通院も訪れてみたいし、数珠づくりも面白そう。

その時はまた、支倉常長ルックのボランティアガイドさんのお話を聞いてみたいなと思いました。

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