『麒麟がくる』いよいよ大詰め! 帰蝶さまが帰る場所
正月にスタートしたのに、新型コロナウイルス感染症の影響で撮影が中断され、史上初めて越年することになったNHK大河ドラマ『麒麟がくる』。
最終回は2月7日(日)ということで、本当に残すところ後僅か。
1月10日(日)の第40回「松永久秀の平蜘蛛(ひらぐも)」では、信長と光秀の間の亀裂が少しずつ広がっていくようでした。
信長から離れていくのは、光秀や松永久秀、正親町(おおぎまち)天皇だけでなく、なんと最大の理解者と思われていた正室の帰蝶(きちょう)さまも!という衝撃の展開。
帰蝶さまは、信長が新しく建てた安土城に疲れ、美濃に戻ると宣言。これには少々びっくりしました。
考えてみれば、明智光秀、織田信長、帰蝶の3人に最も大きな影響を与え、ドラマの原点になったのは美濃。そして斎藤道三ではないでしょうか。
彼らゆかりの岐阜市を、2014年2月23日に訪れました。その時の様子をご紹介します。
信長ファンにはたまらない岐阜
JRを乗り継いで、初めて岐阜にやってきました。
駅を出ると、最初に目についたのが「信長ゆめ階段」。
先日の帰蝶さまの台詞ではありませんが、階段を登るのは息が切れますね。
そして岐阜駅前(中央北口側)にあった、黄金の信長像!
マントを羽織り、右手に種子島銃、左手に西洋兜を持ち、まっすぐ前を見つめています。「変革」を目指した信長を象徴する姿だそうです。
2009(平成21)年建立というから、まだ新しいですね。
この辺りは「信長ゆめ広場」という名前だそうです。
そして駅前を走っていたバス!
岐阜バスが運行する「信長バス」です。
色々なデザインがありました。
戦国大名の(戦国ゲームの影響も大きいけれど)、ブランド力は本当に強いですね。
私達もこのバスに乗って、岐阜城や岐阜公園を目指すことにしました。
岐阜公園で見た有名人の銅像 意外に大河ドラマには出てこない?!
私達の最初の目的地は、斎藤道三や織田信長が居城とした、岐阜城です。
写真左の山の上です! 登るのが大変なので、ロープウェイを利用します。そのためまず、岐阜公園へ。
公園で私達を最初に出迎えてくれたのは、織田信長の銅像ではなく、
土佐出身の板垣退助! なぜここに、彼の銅像があるかというと、
「板垣死すとも自由は死せず」の名言が生まれた「板垣退助遭難事件(岐阜事件)」が、まさにこの場所で発生したから。
彼はこの場所にあった神道布教所で、演説していたのですね。
実は大河ドラマ『春の波濤』(1985年)では、彼を演じたのは名優・米倉斉加年(よねくら まさかね)さん(でも見てませんでした)。
幕末や明治を舞台にした大河ドラマは数あれど、以外と彼は登場していないのかな?
信長居館跡
続いて訪れたのが、信長公居館跡。
立派な門が建っていますが、この「冠木門(かぶきもん)」は、あくまでも「イメージ」。きっとこんな形の門だったのでしょう。
中は美しい庭園。
帰蝶さまが静かに暮したいと願った庭園は、こんな感じだったのでしょうか。
もしかしたら、今は違った姿になっているのかもしれませんね。また行ってみたいです。
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