進化した山の辺の道を行くその9  元伊勢・檜原神社

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檜原神社はなぜ「元伊勢」?

2025年4月29日(火)、久しぶりに日本最古の道・山の辺の道を歩く機会がありました。ルートを少し外れた「大和(おおやまと)神社」にも立ち寄り、再びメインルートに戻って中山大塚古墳や崇神天皇陵を見学した後

進化した山の辺の道を行くその6  中山大塚古墳と大和稚宮神社・歯定神社

2025年5月13日

進化した山の辺の道を行くその5  旅の安全を祈願した大和神社 戦艦「大和」展示室もあり

2025年5月12日

崇神天皇陵や景行天皇陵のそばを通り、知られざる藤の名所・大香園を訪れた後

進化した山の辺の道を行くその8  景行天皇陵と知られざる藤の名所・大香園

2025年5月15日

進化した山の辺の道を行くその7  人麻呂の歌碑と崇神天皇陵

2025年5月14日

今回山の辺の道で訪れたかった場所の1つ・檜原(ひばら)神社を参拝。

ここは以前も訪れたことがあり、お気に入りの場所でした。この独特の、しめ縄の鳥居が好きなのです。

この神社は「元伊勢(もといせ)」という別名があります。

元々天照大神と日本大国魂大神(大和神社の祭神 やまとのおおくにたまのかみ)は、古代から宮中で一緒に祀られていましたが、第10代崇神天皇はこの神々の神威の強さを怖れ、宮の外で祀ることにしたのです。日本大国魂大神は、崇神天皇の皇女・渟名城入姫命(ぬなきいりひめのみこと)に預けて祀らせ、天照大神は同じく皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託されました。

豊鍬入姫命は、天照大神を大和笠縫邑(かさぬいむら)に祀りました。これが現在の檜原神社と言われています。伊勢神宮の前に、天照大神が祀られた場所なので「元伊勢」ですね。

豊鍬入姫命はその後も理想の鎮座地を求めて各地を転々とし、次の垂仁(すいにん)天皇の時代になると、豊鍬入姫命に替わって垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)がこれを引き継ぎ、90年をかけて伊勢神宮に祀られることになったのです。他にも「元伊勢」と呼ばれる神社はあるけれど、この神社が「初代元伊勢」となります。

以前よりも明るく感じた境内

こういう由緒もあるし、境内はとても清浄な感じがするので、山の辺の道でも有数のパワースポットと呼ばれているそうです。

檜原神社は、桜井市にある大和国一宮・大神(おおみわ)神社の摂社で、大神神社同様、三輪山をご神体としています。大神神社には拝殿がありますが、檜原神社には拝殿はなく、「三ツ鳥居」を通してご神体(具体的には山中にある磐座)を拝みます。「三ツ鳥居」はあまり見ることがないので、とても印象的でした。

太古の日本人の信仰のかたちを彷彿とさせます。鳥居はくぐれないように固く閉ざされていました。

豊鍬入姫命も祀られています。1986(昭和61)年にこの社は創建されました。

以前訪れた時には、天気があまりよくなかったせいか、神社全体がもっと暗くてうっそうとしていて、「神さびた」(古風で神々しく荘厳な感じ)という表現がぴったりだったのですが、今回は天気が良かったせいもあるけれど、神社自体が開けていて、とても明るい雰囲気だったのが印象的でした。御朱印も頂けて良かったです(500円)。

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