2025年4月、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公たちが苦戦した三木合戦の舞台・三木城跡(兵庫県三木市)を訪れる機会がありました。
実は私は13年前の夏、三木合戦ゆかりの地を少し巡ったことがあります。写真を見比べてみると、時の流れが感じられてなかなか面白い。また、昨年は時間の関係で三木城跡しか行けなかったのですが、13年前は他の場所も行くことができたので、その時の様子をご紹介しましょう。
コンクリートの崖に驚かされた三木城跡
13年前も神戸電鉄で訪れたのですが、私たちを出迎えてくれたのは武将たちの大看板ではなく
このすごい崖! 最初は岩かと思っていたのですが、コンクリートのようでした。
とにかくこの崖や階段を見ただけで、難攻不落の城だと、脳内に刷り込まれてしまいます。
この翌年、大河ドラマ『軍師官兵衛』が放映されるので、関連の幟もありました。昨年訪れた時は、『豊臣兄弟!』関係の幟はなかったのですが。
かんかん井戸や忠魂碑、別所長治の辞世の歌碑や騎馬像、別所一族辞世の歌碑などは、変わっていません。騎馬像はさすがに新しくてきれいですね。
案内板が13年の間に替わっていた!
大きく変わっていたのが、本丸跡「上の丸(うえのまる)公園」にあった案内板類。
三木城の図も、13年前はこんな感じ。
まだ全貌が、発掘調査などで明らかになっていなかったのかな?
この「三木合戦図」の絵物語が描かれた看板も、13年も経って古びてしまったせいか、昨年はありませんでした。
よく見たら、別所長治の叔父・吉親の妻が女武者として活躍したり、自殺する場面もあります。
別所長治・照子夫妻の顔ハメパネルもあったんですね。2人は美男美女カップルだったそうです。
三木城二の丸跡 発掘で出土した大甕の用途は?
初めて三木城を訪れた13年前は、台地の上の本丸跡から、二の丸(西の丸)方面に降りてみました。
この場所には、三木市立みき歴史資料館と堀光(ほりみつ)美術館があるのですが、私が降りた道の近くにあったのが、堀光美術館。
とても素敵な外観で、入館料も基本的に無料だそう。
三木の実業家で、町長を務めるなど戦後の三木復興に尽力した故堀田光雄氏(上の写真)が、三木市に寄贈した建物とコレクションを基礎に開館された美術館。この時は他に寄る場所もあったので、拝観は断念。
この辺りからは、三木城の食糧貯蔵用として使われていたと思われる備前焼の大甕(炭化した麦粒が中から発見された甕があった)21個が出土したようです。甕に入っているのは液体(水とか酒)、或いは発酵食品が多いらしいので、もしかしたら甕に入っていたのは「麦味噌」(味噌は戦国時代、兵糧として不可欠)だったかもしれません。ちなみにこの大甕の復元品は、三木市立図書館で展示されているそうです。







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