13年前の懐かしい三木城跡  「三木合戦図」の案内板と二の丸出土の大甕

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2025年4月、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公たちが苦戦した三木合戦の舞台・三木城跡(兵庫県三木市)を訪れる機会がありました。

若き豊臣兄弟が最も苦戦した城・三木城跡(後編)  地元の人々に愛されている別所長治

2026年3月11日

若き豊臣兄弟が最も苦戦した城・三木城跡(中編)  上の丸公園で三木合戦を偲ぶ

2026年3月10日

若き豊臣兄弟が最も苦戦した城・三木城跡(前編)  地形を利用した堅城

2026年3月9日

実は私は13年前の夏、三木合戦ゆかりの地を少し巡ったことがあります。写真を見比べてみると、時の流れが感じられてなかなか面白い。また、昨年は時間の関係で三木城跡しか行けなかったのですが、13年前は他の場所も行くことができたので、その時の様子をご紹介しましょう。

コンクリートの崖に驚かされた三木城跡

13年前も神戸電鉄で訪れたのですが、私たちを出迎えてくれたのは武将たちの大看板ではなく

このすごい崖! 最初は岩かと思っていたのですが、コンクリートのようでした。

とにかくこの崖や階段を見ただけで、難攻不落の城だと、脳内に刷り込まれてしまいます。

この翌年、大河ドラマ『軍師官兵衛』が放映されるので、関連の幟もありました。昨年訪れた時は、『豊臣兄弟!』関係の幟はなかったのですが。

かんかん井戸や忠魂碑、別所長治の辞世の歌碑や騎馬像、別所一族辞世の歌碑などは、変わっていません。騎馬像はさすがに新しくてきれいですね。

案内板が13年の間に替わっていた!

大きく変わっていたのが、本丸跡「上の丸(うえのまる)公園」にあった案内板類。

三木城の図も、13年前はこんな感じ。

まだ全貌が、発掘調査などで明らかになっていなかったのかな?

この「三木合戦図」の絵物語が描かれた看板も、13年も経って古びてしまったせいか、昨年はありませんでした。

よく見たら、別所長治の叔父・吉親の妻が女武者として活躍したり、自殺する場面もあります。

別所長治・照子夫妻の顔ハメパネルもあったんですね。2人は美男美女カップルだったそうです。

三木城二の丸跡 発掘で出土した大甕の用途は?

初めて三木城を訪れた13年前は、台地の上の本丸跡から、二の丸(西の丸)方面に降りてみました。

この場所には、三木市立みき歴史資料館と堀光(ほりみつ)美術館があるのですが、私が降りた道の近くにあったのが、堀光美術館。

とても素敵な外観で、入館料も基本的に無料だそう。

三木の実業家で、町長を務めるなど戦後の三木復興に尽力した故堀田光雄氏(上の写真)が、三木市に寄贈した建物とコレクションを基礎に開館された美術館。この時は他に寄る場所もあったので、拝観は断念。

この辺りからは、三木城の食糧貯蔵用として使われていたと思われる備前焼の大甕(炭化した麦粒が中から発見された甕があった)21個が出土したようです。甕に入っているのは液体(水とか酒)、或いは発酵食品が多いらしいので、もしかしたら甕に入っていたのは「麦味噌」(味噌は戦国時代、兵糧として不可欠)だったかもしれません。ちなみにこの大甕の復元品は、三木市立図書館で展示されているそうです。

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