13年前に訪れた、天才軍師の墓と三木城主夫妻の首塚

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天才軍師の墓はぶどう畑の中に

2025年4月、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公たちが苦戦した三木合戦の舞台・三木城跡(兵庫県三木市)を訪れる機会がありました。

若き豊臣兄弟が最も苦戦した城・三木城跡(後編)  地元の人々に愛されている別所長治

2026年3月11日

若き豊臣兄弟が最も苦戦した城・三木城跡(中編)  上の丸公園で三木合戦を偲ぶ

2026年3月10日

若き豊臣兄弟が最も苦戦した城・三木城跡(前編)  地形を利用した堅城

2026年3月9日

実は私は13年前の夏、三木合戦ゆかりの地を少し巡ったことがあります。三木城跡の写真を見比べてみると、時の流れが感じられてなかなか面白い。

13年前の懐かしい三木城跡  「三木合戦図」の案内板と二の丸出土の大甕

2026年3月12日

13年前は、三木城西ノ丸跡に立ち寄った後、次の目的地へ向かいました。目指すは竹中半兵衛重治の墓。

三木市のHPでは、「アクセス:神戸電鉄恵比須駅(から徒歩30分」とあるのですが、三木城跡最寄り駅の三木上の丸駅から電車に乗らないといけないし(恵比寿駅は、神戸方面の隣駅ですが)、片道30分。往復1時間はさすがに辛く

タクシーで行くことにしました。車だと、10分足らずで行ける距離。

この辺りは現在、「三木平井山観光ぶどう園」になっており、8月下旬から9月中旬頃までは、ぶどう狩りが楽しめます。ぶどう狩りをする場合、恵比寿駅から無料で送迎サービスがあるのだとか。でも私が訪れたのは7月下旬で、残念ながらぶどう狩りには、まだ早かったのでした。

この辺り一面が、ぶどう畑。この一角に、竹中半兵衛重治のお墓はありました。秀吉本陣跡もこの近くです。

竹中半兵衛という人

秀吉の軍師として、黒田官兵衛と共に「二兵衛」として有名な竹中半兵衛重治。

体が弱く(でも『豊臣兄弟!』では結構立派なトンネルを造ってたけど、1人で掘ったのかな?)、見た目は痩身で、女性のような容貌であったそう。「女性のような容貌=イケメン」とは限らないかもしれないですが、NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』では、谷原章介さんが演じておられて、まさにイケメンでした。今年の『豊臣兄弟!』も、菅田将暉さんが起用されていますね。

彼がいつから秀吉に仕えたかについては諸説あるようですが、浅井長政攻めや中国攻めでは調略などで活躍。しかし三木城包囲中に病に倒れ、秀吉の勧めで京都で療養したものの、戦況を案ずる余り平井山の秀吉の陣へ戻り、1579(天正7)年6月13日に死去。享年36歳。三木城が落城したのは、その翌年1月でした。

案内板によると、彼の病は肺結核だったのかな? 畳の上ではなく、戦場で死にたかったそうです。

後世、諸葛孔明のような描かれ方をしたため、江戸時代から彼は人気がありました。江戸時代後期の天保年間、彼の墓参りをした人が作った漢詩も掲げられています。

現在でも毎年、観光ぶどう園の開園に際しては、半兵衛の位牌を拝して冥福を祈っているそうです。

別所長治夫妻の首塚を参拝

最後に訪れたのが、タクシーの運転手さんに教えてもらった、別所長治夫妻の首塚。

平井山の秀吉本陣から、再び三木城跡の近くに戻ってきました。

首塚があるのは、雲龍寺という寺院。室町時代から別所氏が帰依した寺院で、

別所長治が切腹し、安土での首実検が終わった後、住職が夫妻の首をもらい受け、埋葬したそうです。

雲龍寺では、毎年1月17日には別所公祥月命日法要が行われ、飢餓に苦しんだ城兵が、藁を食したという故事にちなんで、藁に見立てたうどんが振舞われるのだとか。

三木合戦の記憶や、城主別所長治やその一族への想いが、三木ではこうやって語り伝えられていくのでしょうね。

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