當麻寺(たいまでら)と中将姫伝説

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前回、吉野山の名物である陀羅尼助(だらにすけ)という漢方薬が、奈良県葛城(かつらぎ)市にある當麻寺の中之坊でも製造されていたという話をしました。

當麻寺には、2010年(平成22年)12月に行く機会がありました。

奈良と大阪の境・二上山(にじょうざん)の麓に位置しており、近世以前に建立された東西両塔(三重塔)が残っている、日本で唯一の寺院だそうです。

当麻寺 西塔

訪れたときには、貴重な文化財を守るべく、消防団による防火訓練が行われていました。

当麻寺の消防訓練

この當麻寺には、陀羅尼助を作った役行者(えんのぎょうじゃ)の他にもう1人、漢方薬と関わりのある人物の伝説が残されています。

今回はその人物をご紹介しましょう。

継母にいじめられる中将姫

當麻寺ゆかりの人物として一番有名なのは、中将姫という(伝説上の)女性です。

藤原鎌足の曾孫にあたり、父親は右大臣の藤原豊成(とよなり)でした。

ちなみに彼の弟は、光明皇后の甥として奈良時代中期に権力を握り、後に反乱を起こして滅ぼされる藤原仲麻呂です。

幼くして母と死別した中将姫ですが、早くから美貌と才能に恵まれていました。

  • 9歳で孝謙(こうけん)天皇(聖武天皇と光明皇后の一人娘)に召し出され、琴の演奏を披露して絶賛を浴びます。
  • 13歳で、三位中将の位を持つ内侍(ないし 宮中に仕える女官)になります。
  • 16歳の時、孝謙天皇の譲位後に即位した淳仁(じゅんにん)天皇の妃にと望まれますが、辞退しています。

伝説上の女性なので、どこまで本当かは分かりませんが、モーツァルトのような天才子供演奏家とキャリアウーマン、そしてかぐや姫を併せたような活躍ぶり。

とてもうらやましい中将姫ですが、父親が再婚し、その継母が彼女を妬んで虐待します。

無実の罪で折檻(せっかん)したり、父親の長期出張中、家臣に暗殺指令を出したり。

暗殺を命じられた家臣ですが、命乞いをせず極楽往生を願って読経を続ける心優しい中将姫を殺すことが出来ず、奈良県宇陀(うだ)市に位置する日張山(ひばりやま)青蓮寺(せいれんじ)に匿いました。

白雪姫やシンデレラ姫などと同様、どこの国でも、こういう「継子(ままこ)いじめ」の伝説や昔話はあったようです(実話だと怖い)。

中将姫の奇跡

中将姫の面白いところは、
「最後に王子様と結ばれハッピーエンド」ではなく、
地上の栄華を望まず極楽浄土に憧れて、當麻寺で出家してしまうところです。

かぐや姫も、帝の求愛を拒んで月の世界へ帰っていきますが、中将姫も似ています。

元々この當麻寺は、男性僧侶ばかりの、女人禁制の寺でした。

うら若き美女の中将姫は、当然ながら男性僧侶にとって「とても危険な存在」です。

最初は、當麻寺での出家生活は認められませんでした。

ところが中将姫は一心に祈り、「石に足跡が記される」という奇跡を起こしたため、當麻寺での出家生活が認められました。

中将姫誓いの石 説明板

中将姫 誓いの石

大河ドラマ『おんな城主直虎』でも、井伊家の菩提寺・龍潭寺(りょうたんじ)に紅一点で次郎法師がいますが、「一つ屋根の下」に反対する僧侶はいなかったのでしょうか。

中将姫は26歳の時、一夜にして蓮の糸で曼荼羅を織り上げるという奇跡を起こし、29歳で極楽往生を遂げたと言われています。

境内にあった中将姫の像は、まさに「聖女」と呼ぶのにふさわしい姿でした。

当麻寺 中将姫像

中将姫と中将湯(ちゅうじょうとう)

1893(明治26年)創業の「中将姫本舗 津村順天堂」という漢方薬メーカーをご存じでしょうか。

現在は「ツムラ」と社名を改めています。

2010年に當麻寺を訪れたとき、「中将姫」と「中将湯」が似ているなと思い、関係がないか調べてみました。

やっぱり関係がありました。

創業者の津村重舎(じゅうしゃ)は、奈良県出身。

彼の母方の実家・藤村家は、中将姫が匿われた日張山青蓮寺の檀家(だんか 寺院の信者で経済的にも支援する家)でした。

中将姫は、青蓮寺で世話をしてくれた藤村家に、婦人病に良く効く秘湯を伝えました。

これが「中将湯」で、月経や更年期障害に伴う頭痛や冷え、のぼせなど、様々な不快症状を改善する漢方薬として今でも親しまれ、海外に輸出もされているそうです。

中将湯には、花かんざしをさした中将姫がシンボルマークとして描かれています。

中将湯とバスクリン

1900年(明治33年)、中将湯を精製する過程で発生した屑を、津村順天堂の従業員が持ち帰って風呂に入れたところ、夏のあせもが消え、冬には身体がよく温まるということがありました。

この経験をヒントに「くすり湯中将湯」が発売され、さらにこれを改良したものが「バスクリン」となりました。

中将湯は知らなくても、バスクリンなら知っているという人も多いでしょう。

バスクリンにも縁のある中将姫は、やはりただ者ではありませんでした。

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