もっと知りたいモナコ カジノとF1グランプリとグレース・ケリー

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モナコとカジノの歴史

日本では幕末から明治に移ろうとする1860年代、当時のモナコ国王シャルル3世は、地中海沿岸の海と太陽に恵まれたモナコの土地が、高級リゾートとして発展する可能性に目を付けました。

当時スペルゲスと呼ばれた台地を開発し、国内だけでなく、隣国フランスでも禁止されていたカジノの経営を許可します。

この新しい開発は、シャルル3世の功績にちなんで「モンテカルロ(シャルルの山)」と名付けられました。

モンテカルロには歴史ある格式高いカジノが点在していますが、その中でも最古のものが、1863年開業の国営カジノ、カジノ・ド・モンテカルロ(グラン・カジノ)です。

カジノ開業と同時に電気・ガスなどのインフラ整備や鉄道・道路などのアクセス整備も行われ、カフェ・ド・パリやオテル・ド・パリなど代表的な観光施設も作られました。

フランスからのアクセスがよく、インフラも整備されたモンテカルロのカジノには、フランスをはじめ多くの国々から富裕層が集まり、温暖な気候のモナコは避寒リゾートとして繁栄しました。

19世紀には国家収入の9割がカジノからの収益であったとか。

やがて20世紀になると冬場の避寒リゾートだけでなく、夏のビーチリゾートとしても注目され、第2次世界大戦後は、一般の人々も手軽に訪れることのできる観光地やイベントを積極的に創出し、今日本でも注目されている「統合型リゾート」先進国としての地位を確立しています。

このように歴史を見ていくと、観光立国として生き残っていくために、モナコはとても努力しているなと感じました。

ちなみにモナコでは、カジノは外国人専用で、自国民には禁止しています。

そのためカジノに行くためには、パスポートが必要です(外国人と証明するため)。

カジノ含むギャンブルの負の側面は、どの国でも心配されており、基本的には「カジノ=(自国民ではなく)外国人に散財してもらう施設」と認識している国が多いのが実情。

現在では、モナコのカジノ収入がが国家収益に占める割合は5%未満だそうです。

日本もカジノで町おこし!と考えている自治体が多いですが、これからどうなるのでしょうか。

モナコF1グランプリ

自動車レースの最高峰とされるF1世界選手権の1つで、モンテカルロの市街地がコースになります。

「フェアモント・ヘアピン」と呼ばれるカーブを訪れることができました。

フェアモントというのは、コースに面するホテルの名前です。

実際にF1マシーンが走る道を見たのは初めてでした。

ブレーキ跡も生々しくて、接触事故が起こりやすいというのもうなずけます。

こちらは第1コーナーのサン・デボーテ教会前

このコーナーも入り口が非常に近く、スタート直後に多重事故が起こりやすい場所だそうです。

F1グランプリ関係のモニュメントらしきものが飾られていました。

私達はF1のことは全然わからないのですが、もしかしたらすごい記念碑なのかも。

当時の公道レースはもっぱら郊外の田舎道で行われており、市街地でのレース運営は無謀と思われていましたが、当時のモナコ大公ルイ2世らの理解により、1929年、第1回大会が開催されました。

モナコ王室をはじめとして、政財界の協力で開催される国家的な観光イベントで、普段の人口が3万人のモナコ公国に、グランプリ期間中は20万人の観客が訪れると言われます。

レースの設営準備に6週間、レース後の撤去作業に2週間かかるとか。

このレースはモナコ王室が観覧する御前レースで、レース中の休息日にはモナコ大公主催のパーティも開かれ、モナコではF1ドライバーは名士として優遇されるそうです。

グレース・ケリーとモナコ

1955年、『喝采』でアカデミー主演女優賞を受賞したアメリカ女優のグレース・ケリーは、同時代に活躍したマリリン・モンローとは対照的に、気品に満ちた容姿が「クール・ビューティー」と賛美されていました。

人気絶頂の最中であった1956年、カンヌ国際映画祭で知り合ったモナコ大公レーニエ3世と結婚し、公妃となって女優業から引退しました。

このロイヤルウエディングはヨーロッパ諸国で生中継され、「現代のシンデレラストーリー」で小国モナコは一躍有名になったのです。

この結婚式までは、モナコとモロッコはよく間違えられたと語るモナコ国民のインタビューを、以前テレビで見たことがありました。

でも強大な隣国であるフランスのシャルル・ド・ゴール大統領とは、タックスヘイブンの措置を巡って色々あったようですね。

映画『グレース・オブ・モナコ公妃の切り札』

モナコではあちこちに、ここがグレース・ケリーゆかりの地であることを示すプレートが飾られています。

その中でも有名なのが、2人が結婚式を挙げ、そして2人が並んで眠るモナコ大聖堂。

モナコヴィル(旧市街)地区にある立派な教会です。

ここにはこのプレートが飾られていました。

外から眺めただけで。内部には入りませんでしたが、レーニエ3世とグレース・ケリーのご冥福を心から祈りました。

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