アヴィニョン法王庁宮殿 中世ローマ法王たちの夢の跡

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プロヴァンスには各地に魅力的な都市がありますが、その中でもプロヴァンスの中心として繁栄してきたのが、アヴィニョンです。

この街は、中世の一時期、ローマ法王庁が移されたことで知られています。

なぜフランスに法王庁が?

1303年、フランス国王フィリップ4世と激しく対立したローマ法王が亡くなると、新しい法王にはフランス人枢機卿が選出され、クレメンス5世となりました。

彼はフランスのリヨンで戴冠式を行い、フランス国王の要請を受けてローマへ行くことを諦め、滞在先を求めてフランス各地を旅したようです。

やがて彼が気に入ったアヴィニョンに法王庁が移され、以後約70年間にわたって、この街はキリスト教世界の中心となりました。

そののち法王がローマに帰還した後も、教会内部では分裂が続き、ついにローマとアヴィニョンに法王が並び立ってしまいました。

ローマに法王が不在という異常事態を、旧約聖書の「バビロン捕囚」になぞらえて、「教皇のバビロン捕囚」とか「アヴィニョン捕囚」とよびました(世界史でも出てきましたね)。

なお、「教皇」と「法王」の区別ですが、政府・マスコミは従来から親しまれていた「法王」を使用し、日本カトリック教会公式表記や世界史の用語では「教皇」が使用されます。

知らなかったのですが、ややこしいですね。

法王庁宮殿

キリスト教会には不幸な「教皇のアヴィニョン捕囚」でしたが、このおかげでアヴィニョンには、歴代法王達の手によって、とても立派な宮殿が建設されます。

教会大分裂の時代と合わせると約100年間、ここにローマ法王が暮らしていたため、アヴィニョンはヨーロッパの政治・経済・文化の中心の1つとなったのです。

ヨーロッパ最大の、ゴシック様式宮殿だそうですが、最初に見た印象は、宮殿と言うよりも「難攻不落の城塞」という印象でびっくり。

入場料は、単独チケットが11ユーロ、サン・ベネゼ橋との共通チケットなら13.5ユーロです。

ヨーロッパ最大だけあって、ものすごく大きくて、見る人に迫ってくるようでした(「威厳がある」というべきでしょうか)。

ヴァチカンの雰囲気と全然違い、いかにも「中世ヨーロッパの城」という感じでした。

でも宮殿と名の付く割には、内部に調度品もなく、がらんどうのようでした。

1413年に火災に遭い、またフランス革命で豪華な調度類や彫刻などは売却されたり破壊されたりし、その後は兵舎として使われていたためです。

司馬遼太郎さんも書いておられますが、革命って、ある意味、伝統文化を破壊することでもありますね。

時間が許せば日本語オーディオガイドを

宮殿はとても広く、旧宮殿と新宮殿に分かれています。

ネットでは「日本語オーディオガイド(2ユーロ)がないと、全然説明がわからない」という声もありました。

法王庁の歴史に興味もあってオーディオガイドに心ひかれたのですが、連れを1人ホテルに待たせており、急いでいた私達はオーディオガイドを借りず、ひたすら宮殿内を歩き回りました。

これは法王戴冠の祝宴などが開かれた大広間で、天井の高さにびっくりです。

壁が華やかな部屋は法王の寝室で、角にあるのが暖炉のようです。

この部屋はまるで、中世騎士のお城の礼拝堂のような雰囲気です。

大礼拝堂はとても天井が高く、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂のような豪華さはありませんが、堅牢なゴシック建築の屋根(交差ヴォールト)には圧倒されてしまいました。

屋上テラスから街を一望

見学の最後に、屋上テラスから眺めた街の景色は素晴らしいものでした。

金色のマリア像がある塔は、隣接するノートルダム・デ・ドン大聖堂の塔です。

アヴィニョンの街並みとローヌ川が一望できて、世界史が好きでない人も、これは十分楽しめるなと思いました。

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