読売旅行バスツアーで行く舞鶴5 舞鶴赤れんがパークで見た軍港の光と影

スポンサーリンク



7月30日実施の「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船・海上プラネタリウムと安心!約60種類のランチバイキング」ツアー体験記の最終回です。

舞鶴赤れんがパークとは

舞鶴市には、1901(明治34)年の旧海軍舞鶴鎮守府の開庁に伴い、明治期から大正期にかけて建設された赤れんが建造物が数多く残っています。

なかでも海上自衛隊の護衛艦が停泊していた桟橋に近い北吸地区には12棟の倉庫群があり、そのうち8棟は国の重要文化財として指定されています。

ここは駐車場から続く旧海軍の物品運搬通路ですが、倉庫壁面にこんな年代物の注意書もありました。

2012(平成24)年に、この倉庫群が「舞鶴赤れんがパーク」としてオープンしました。

遊覧船乗り場から一番近い赤れんがの建物が、1903(明治36)年に建設された赤れんが1号館「赤れんが博物館」(旧魚雷倉庫)。

世界のさまざまなれんがや、れんが建造物やその歴史などについて展示されているそうです。

でも今回は時間がなかったため、博物館には行くことができませんでした。

赤れんが2号館(舞鶴市政記念館)で見た戦争展

1902(明治35)年に建設された赤れんが2号館(旧砲銃庫)は、戦後は市庁舎の第二庁舎として使われたこともあったようですが、現在は展示や発表ができる人々の交流の場・舞鶴市政記念館となっています。

ここでは「2017年 平和のための舞鶴の戦争展」というイベントが開催されていました。

舞鶴を中心とした明治以降の戦争の歴史、シリアや南スーダンの状況、改憲問題、原発と原爆など、海上自衛隊の基地を抱える舞鶴ならではの問題提起や展示があって、見学者も多かったです。

舞鶴では、特攻兵器として有名な人間魚雷・「回天」の爆薬を詰めていたこともあるのだとか。

舞鶴は海軍によって発展した町であり、現在も海上自衛隊の基地を観光資源にしていますが、戦争になるとこんな悲惨な事になるのだという点は、忘れてはいけないなと思いました。

赤れんが3号館(まいづる知恵蔵)1階 赤れんがショップ

2号館に隣接する3号館も1902(明治35)年に建設され、終戦までは弾丸庫並小銃庫として、戦後は民間倉庫会社の倉庫として使われました。

現在1階は赤れんがショップという土産物屋になっていて、海軍や海上自衛隊関係のグッズを中心にとてもにぎわっていました。

出た!東郷平八郎さんの「舞鶴連合艦隊カレー」!!

舞鶴といえば、肉じゃがとカレーが有名なので「海軍さんのカレー」を購入しましたが、レトルトカレーの種類の多さにはあきれてしまいました。

カレーライスも肉じゃがも、肉と野菜がバランスよく食べられる栄養食で、味付けは異なるけれど材料が同じなので補給面でも都合がよく、海軍だけでなく、陸軍にも広まったようです。

でもさっき見た2号館の「戦争展」とは全く雰囲気が違うので、少々戸惑いました。

カレーの他、お土産に京都府立海洋高等学校が開発した「京の鯖」缶詰も購入。

歴史好きの方には、丹後にゆかりのある七人の姫にちなんだ土産物の他、細川幽斎にちなんだグッズを発見しましたので、報告しておきます。

赤れんが3号館(まいづる知恵蔵) 展示エリア

3号館赤れんがショップに隣接するのが、今は亡き旧国鉄・中舞鶴線に関する展示エリアです。

東舞鶴駅から鎮守府の兵員や物資を輸送するため建設され、戦後も物資輸送で活躍しましたが、道路の整備が完了して輸送量は減少し、その使命を終えました。

中舞鶴線沿線鉄道ジオラマです。

2階にも展示スペースがあり、「旧海軍の町・舞鶴」展を見学。

左の銅像が、日露戦争時の連合艦隊司令長官・東郷平八郎さんで、下の写真は彼が座乗した連合艦隊旗艦「三笠」の模型です。

東郷さんが使っていた艦長机。かっこいい!

司令長官の制服や、海軍にちなむ絵葉書、当時の面影を伝える場所の紹介など、なかなか見ごたえある展示でした。

波乱万丈の帰り道

このバスツアーでは、市役所前の遊覧船乗り場の近くでバスから降りたのですが、そこはバスが停められないため、集合場所は、初めて行く赤れんがパーク駐車場のバス内です。

観光客が多い赤れんが3号館や2号館から駐車場はかなり遠く、初めて行く場所だから、時間の感覚がつかめないのではないかと心配していました。

集合時間は、事前に渡された行程表より20分早い16:30集合となり、中国自動車道の名物・宝塚トンネルの渋滞を何とか避けて早く帰りたいという、ありがたいご配慮です。

ところが1人のメンバー(1人で参加の年配男性)が、いつまで経っても帰ってこない。

事前に添乗員さんの携帯番号も全員に知らされていましたが、添乗員さんの話によると、先方から電話はかかってくるのに、声が聞こえないという困った状況。

結局添乗員さんが探しに行ったところ、最初にバスを降りた地点で集合だと勘違いされていて、無事に駐車場にたどり着いたのですが、出発は35分遅れの17:05。

遅れた人に悪気はないと思うのですが、ちょっとひどすぎる。

悪いことは重なるもので、綾部で事故があったため、舞鶴若狭自動車道は一部通行止めとなり、下の道を走る羽目に。

行程表には各地の解散が18:30~19:30とありましたが、最終解散地点に到着したのは、20:45頃でした。

集合が7:30だったので、13時間以上のツアーです。

結局明日の健康診断があるので、夜9時までに帰宅して夕食を食べるという計画は水泡に帰し、昼食のバイキングの余韻で頑張る断食生活となりました。

せめて最初に集合したメンバーは、最初に解放してほしいものです。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です