台風接近中の北鎌倉 大雨警報発令で建長寺を無料拝観 スカイマーク欠航通知も届く 

スポンサーリンク



ついに大雨警報発令

東慶寺を拝観した私達は、北鎌倉での最後の目的地、建長寺へ。

道に迷うことはなかったのですが、雨はますます激しく降り、服も靴もリュックもひどく濡れてしまい、昨日購入したショルダーバッグと一眼レフカメラを必死で守りながらの悲惨な道中。

台風接近&総選挙前夜の藤沢駅周辺で、新しいショルダーバッグを探そう!

2017.11.09

大体、私たち以外誰も歩いていません。

建長寺への道はかなり広い道なのですが、車道を走る車が盛大に水しぶきを上げて、その被害にも遭う始末。

公式サイトによると、北鎌倉駅から徒歩約20分だそうです。

とても長く感じた道のりでした。

とぼとぼと歩いていると、突然、防災無線のスピーカーが鳴り出しました。

最初はとても聞き取りにくかったけれど、10:20に鎌倉に大雨警報が発令されたとわかりました。

警報が出たと言っても、今更どうしようもありません。

無料で建長寺を拝観

やっと建長寺が見えてきました。

円覚寺と並んで北鎌倉の代表的な禅宗寺院として知られるだけあって、とても大きな総門です。

人気のない境内を進み、拝観料を払おうとすると、受付窓口が閉鎖されていて焦りました。

せっかくここまで来たのに、警報が出たから、円覚寺の洪鐘みたいに、拝観は中止になったのかな?

台風接近中の円覚寺観光2 北条時宗と家族を偲びつつ、2度目の国宝拝観拒否に涙する 

2017.11.11

でもよく貼り紙を見ると、拝観料は無料で(お坊さんが建物を守る必要があるため?)、一部閉鎖している伽藍(寺院の建物)はあるけれど、御朱印も境内奥の寺務所で書いてくださるし、何より

「お気をつけてお参りください」という優しい言葉にじーんときました。

悪いことばかりでもなさそうです。

ちなみに通常なら、大人500円でした。

建長寺について

5代執権北条時頼(北条時宗の父)によって創建された臨済宗の寺院で、開山(初代住職)は、南宋から来日した蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)でした。

京都の建仁寺や鎌倉の寿福寺など、その当時既に存在していた禅宗寺院は、臨済宗とほかの宗派の兼学道場で、純粋禅の道場としては、建長寺は聖福寺(福岡市)などに次ぐ古さを誇るとされています。

蘭渓道隆の禅風は、中国宋時代の純粋禅を受け継いだ厳格なものでしたが、北条時頼や時宗は彼を篤く崇敬し、建長寺では中国語が共通語となっていたともいわれます。

南宋から渡来した無学祖元も、まず建長寺に入ってその住職となり、その後円覚寺の開山となりました。

9代執権北条貞時時代の鎌倉大地震で、建造物の大半が倒壊炎上し、その後も火災が続いたため、鎌倉時代末期には収蔵費用を得るため、幕府公認で元への貿易船が派遣され、「建長寺船」と呼ばれました。

蒙古襲来を退けた北条時宗が知ったらどう思うかな?という政策ですが、時宗が戦ったのは、フビライ=ハーンが朝貢形式での正式国交や通商を求めたためでした。

3度目の襲来を計画していたフビライ=ハーンでしたが、相次ぐ国内の反乱や海軍の弱体化などで計画を実行に移すことができませんでした。

彼の死後は元側にも厭戦気分が広がり、当時出没し始めた倭寇(海賊的私貿易)の被害を食い止めるためにも、日本側との平和的な交易を望む機運が高まっていたようです。

建長寺の境内

円覚寺の三門と同様に、とても立派な三門。

円覚寺と同様に、楼上に仏像をお祀りしていますが、非公開です。

実はこの鐘、建長寺創建当時の数少ない遺品の1つとして、国宝だったのです。今日はつくづく、国宝に縁がない。

仏殿です。

芝の増上寺にあった徳川秀忠の正室・祟源院(お江)の霊屋(たまや)を、建て替えに際して譲渡されたものだとか。

堂々とした立派な建物でした。

御本尊は地蔵菩薩坐像ですが、この地は元々「地獄ヶ谷」と呼ばれる処刑場で、地蔵菩薩を本尊とする伽羅陀山心平寺という寺が建っていたためだそうです。

この地蔵菩薩を拝んでいる時、屋内で傘をたたんでいたこともあって、ふと携帯を見ると、スカイマークから、今日の羽田発神戸行きのスカイマーク113便の欠航が決まったというメールが届いていました。

やっぱりスカイマークは飛びませんでした。

仕方なく、建長寺拝観を続けながら善後策を考えます。

仏殿の次に訪れた方丈(住職の居所)入り口の門・唐門です(右側の建物は、僧侶の居住する大庫裏)。

仏殿同様、芝の増上寺にあった徳川秀忠の正室・祟源院(お江)の霊屋から移築したもの。

関東大震災以来の大修理が2015年に完成したばかりなので、とても美しい姿でした。

最後に訪れた法堂。

鎌倉最大級の木造建築だそうです(重要文化財)。

内部には、パキスタンのラホール中央博物館所蔵「釈迦苦行像」のレプリカ(愛知万博に出展されていたようです)が、万博終了後にパキスタンから寄贈され、安置されています。

テレビで見たことはあるのですが、ものすごい迫力でした。私の贅肉を分けてあげたい!

釈迦苦行像の前には、ユニークな動物がいました。獅子かな?

天井には、鎌倉に住んでいた日本画家小泉淳作の筆による「雲龍図」が描かれていました。これも大迫力。

色々アクシデントもあったけれど、東京から無事に新幹線にも乗れたし、新大阪到着後も、何とか地下鉄&私鉄&タクシーにうまく乗ることができて、無事に自宅に帰れました。

忘れられない鎌倉旅行と、東京でのサポートをしてくれた子供たちに、心から感謝です。

本当にどうもありがとう。天気のいい時に、また4人で鎌倉に行きたいですね。

スポンサーリンク

無料メルマガ会員募集中!

昔の大河ドラマや歴史に関する映像作品、地味だけどきらりと光る歴史上の人物など、ブログよりもコアな内容でお送りします。新しい気づきと感動をお届けします。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です