大河ドラマで学び直せる日本史 調所広郷の薩摩財政再建(『西郷どん』第3話)

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愛の貧乏脱出大作戦 薩摩藩ヴァージョン

テテッテテテーレ テテッテテテーレ(『Theme from Mission: Impossible』のつもり!)と軽快なメロディーが流れる中、司会者のみのもんたさんが導火線に火をつける(『スパイ大作戦』と一緒)印象的なオープニングで始まる往年の名物番組『愛の貧乏脱出大作戦』(テレビ東京系)。

客足が遠のき、大きな借金を抱える店(おもに飲食店、旅館)の店主に、一念発起してやり直す場を番組が提供。番組スタッフらが店の立て直しの方針や作戦を考え、その道の“達人”(有名店の店主など)の下で店主らに修業をさせ、達人から認められた者には、番組制作費で店舗の外装・内装をリフォーム、名実ともに客を呼び寄せられる店へと仕上げていくという番組でした。

どうしようもないダメダメな店が借金返済を目指し、厳しい修業にも耐え、貧乏から脱出することを目指すわかりやすいコンセプトがなかなか面白く、我が家でも時々見ていました。

江戸時代後期の薩摩藩も、一時はどうしようもない借金地獄に陥っていました。

そんな薩摩藩を貧乏から脱出させたのが、『西郷どん』第3話で印象的に取り上げられた調所広郷(ずしょ ひろさと)なのです。

『西郷どん』公式サイトより『週刊西郷どん教えもす!歴史館 無利子で250年ローン?!大なたを振るう!調所広郷の大改革

500万両の借金をほぼ帳消し

調所広郷は、島津斉彬の曽祖父・島津重豪(しげひで)に才能を見出され、下級藩士の茶坊主出身ながら家老へと出世し、薩摩藩の財政・農政・軍制改革に取り組みました。

当時の薩摩藩は、500万両の借金を抱えて財政破綻寸前! 年間利息だけで年80万両を超えていました。

これは薩摩藩の年収(12万から14万両)をはるかに超え、どう考えても返済は不可能でした。そして利息分は年々増えていくのです。

調所広郷は、1838年に商人を脅迫し、借金を無利子で250年の分割払い(250年ローン)にしてしまいました。

計算してみましょう。1年間に支払う金額は、毎年絶対2万両。これなら無理なく返済できそう。

実際、廃藩置県の後、明治政府によって藩の債務が無効であると宣言される1872(明治5)年までの35年間、薩摩藩は律義に借金を返済し続けました。

住宅ローンでもそうですが、借金の場合は元本よりも毎年増え続ける利子の圧迫感が大きいため、利子を帳消しにしたというのは、とても大きな功績だったのです。

なりふり構わぬ財政改革

借金を半分踏み倒しただけでは、貧乏から脱出したとは言えません。

奄美群島の百姓から特産品の黒砂糖を安く買い上げ、税を厳しく取り立てました。写真は現在の奄美大島でのサトウキビ収穫風景です。

大坂の砂糖問屋を締め出して、黒砂糖を藩で専売化し、230万両の利益を出しています。

琉球や清と、密貿易を行って巨利を得たりもしています。これって完全に、コンプライアンス(法令遵守)に違反しているじゃないですか!

薩摩焼の増産と朝鮮人陶工の生活改善、甲突川五石橋建設など、長期的にプラスと判断すれば積極的に財政支出も行いました。

西洋砲術を取り入れた高島流砲術を採用するなど軍制改革にも成功し、最終的には200万両の貯えができるようになったのです!

長州藩の財政改革と比べると

ちょうど同じころ、長州藩でも下級藩士出身の村田清風が藩の実権を握り、改革に着手していました。

彼も三七ヵ年賦皆済仕法(家臣団の負債を借銀1貫目につき30目(匁=もんめ)を37年間支払えば元利完済とするもの)を採っています。

(諸説ありますが古文書サイトの換算によると)125万円の借金につき37,500円を37年間支払えば、元利完済としました。これも相当お得感のある借金整理法です。

薩摩藩の黒砂糖専売化とは反対に、村田清風は長州藩の特産品であるの専売制を廃止し、自由取引をする商人に対して課税しました。

また交通・物流の要衝である下関の重要性に注目し、金融兼倉庫業である越荷方(こしにかた)を藩で経営し、利益を上げました。

こうして長州藩も財政が再建されていくのです。

間違いやすい2人

長州藩の調所広郷長州藩の村田清風。同じように藩政改革を成功させた、よく似た2人です。

調所さんは密貿易や黒砂糖、村田さんは蝋や越荷方が、大事なキーワードになりますから注意しましょう。

よく似た2人ですが、コンプライアンス違反を行った調所広郷には。「領民を苦しめた極悪人」というイメージがつきまとってしまいました。

加えて薩摩藩内部が、島津斉彬を次期藩主に押す一派(西郷・大久保ら)と、島津久光を次期藩主に押す一派とに分裂し争ったとき、調所広郷は島津久光派でした。

西郷隆盛と敵対すると、イメージが悪くなるのが気の毒すぎます。

薩摩藩が借金地獄に陥ったのは、「蘭癖(らんぺき)」(蘭学に熱中すること)の島津重豪が、続々と壮大な改革を実施したのが大きな原因。

下は、鹿児島市の照国神社に展示されている島津重豪のローマ字(複製パネル)。

その重豪に似た斉彬が藩主になれば、また薩摩藩は貧乏一直線になる! それだけは避けたい!という調所広郷の気持ちはとてもよくわかります。

やがて島津斉彬が、藩主就任を邪魔する父の斉興(なりおき)を隠居に追い込むべく、薩摩藩が密貿易をしていると老中の阿部正弘に訴えます。

調所広郷は、江戸で老中から密貿易の件で糾問され、取り調べが島津家に及ぼうとする直前に急死(享年73)。罪を一身にかぶったうえでの服毒自殺であったと言われています。

『西郷どん』の竜雷太さんも良かったけれど、『篤姫』の平幹二朗さんが演じた調所さんもすごかった。

大河ドラマで印象が残れば、調所さんと村田さんを間違えることもなくなるでしょう。

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