2019年5月3日(金)、オーストリアのザルツブルクからバイエルンカードを使い、国境を越えてドイツのミュンヘンまで列車移動。初めてのミュンヘン観光スタートです。
バイエルン州立歌劇場
この劇場では、19世紀にワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が初演されています。
ドイツを代表する歌劇場だけあって、とても立派な建物でした。
歌劇場の前にある立派な銅像は、初代バイエルン国王マクシミリアン1世。
私の同僚が好きなハンス・クナッパーツブッシュも音楽監督を務めたのだとか。こちらは切符売り場です。どんな作品が上演されているのかな。
レジデンツ
ザルツブルクにもあったレジデンツが、ミュンヘンにもありました。州立歌劇場の近くです。
ザルツブルクと同様「宮殿」という意味で、バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家の宮殿。
内部は博物館になっているのですが、有料なのでちょっと今回はパスしました。
レジデンツの中庭(裏庭?)。ここは無料で通り抜けができました。
下の写真の建物が、中庭への入り口。後で知ったのですが、この入り口にある盾を持つライオン像の盾を触ると幸せになるのだとか。ガイドブックにも、端に小さく書いてあった!
私たちは、うっかり素通りしてしまいました。惜しいことをしました。
このライオン像のある通りは、レジデンツからマリエン広場まで続く歩行者専用道路。レジデンツ通りと呼ばれています。
ドイツらしい、素敵な光景をたくさん見ることができました。これは「TSV1860ミュンヘン」という、総合スポーツクラブ(サッカー含む)のファンショップ。
おとぎ話に出てくるような、街角の光景もありました。
将軍堂(フェルトヘルンハレ)
レジデンツの近くにあるオデオン広場に、印象的な建物がありました。
1つは、広場の西側にあるテアティナー教会。
アルプス北方で最初の、イタリアバロック様式で建てられた教会だそうです。
正面ファサードの屋根の下にある紋章がかっこいい!
そして広場の南側にあるのが、将軍堂(フェルトヘルンハレ)。
19世紀中ごろ、ミュンヘン市内は再開発が行われ、フィレンツェの「ランツィの廻廊」をモデルに建設されたのがこの建物。道理でどこかで見たような気がしました。
ナチスとフェルトヘルンハレ
ここは、1923年にアドルフ・ヒトラーが「ミュンヘン一揆」で蜂起し、警官隊と衝突して敗北し(死者も出た)、逮捕された舞台です。
後にナチスは、この時の死者を「殉教者」として扱い、フェルトヘルンハレはナチ党の宣伝の中でシンボル的な意味を持つようになりました。
市民に対しても、ここを通る際は「ナチス式敬礼」を義務付け、それを忌避する市民は、あえてプライジング宮殿裏手のヴィスカルディ小径を通る行動に出たのだとか。
そのためヴィスカルディ小径は、「卑怯者の小径」というありがたくない別名がついてしまいました。
ガイドブック(地球の歩き方)には、このような話は記載されていなくて(見落としていただけかもしれないけれど)、後になって知ったのです。
「ミュンヘン一揆」という言葉は知っていたけれど、まさか知らずに、ゆかりの場所を歩いていたとは。
「卑怯者の小径」も、知らずに通っていたかもしれません。
ミュンヘン旧市街は、なかなか奥が深いです。
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