2つの明智藪
2019年2月24日(日)、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀が最期を迎えたとされる地を訪れました。
まず最初に訪れたのが「明智藪」。
「明智藪」と検索すると、もしかすると福知山市の「明智藪」が出るかもしれませんが、そちらの方は、明智光秀が由良川治水のため、福知山市に築いた「明智藪」。別名「蛇ヶ端(じゃがはな)御藪」です。
そして私達が今から目指すのは、もう1つの明智藪。
京都市伏見区の小栗栖(おぐるす)という場所にあり、明智光秀が最期を遂げたと言われる場所です。
最寄り駅は、京都市地下鉄の石田駅。
グーグルマップを頼りに歩きました。
花立ての文字「悪魔退治」にびっくり!
ようやくたどり着いた明智藪。現在は本経寺という寺院の所有地になっています。

立派な石碑が目につきました。
ちゃんと花も供えてある? ちょっと枯れてるかな?と思って花立てをよく見ると

右の花立てにこんな文字が! 「(本能?)寺で悪魔退治をした」とありました。誰が書いたんだろう? ただのいたずら?
織田信長のことと決めつけるのもどうかと思ったのですが、信長ファンが見たら怒るかもしれないなと思いました。
ショック! 明智藪伐採!!
驚きと薄気味悪さを覚えながら、「明智藪」と案内の出ている方向に進んでいくと

明智藪にブルドーザーが!

全く予想もしていなかった展開に、ただただ呆然とするばかり。

「明智藪」の木製標識はきれいなので、もしかすると、大河ドラマで増える(だろう)観光客のために、この一帯を整備しているのかもしれません。
或いは最近の激しすぎる台風など自然災害が原因で、整備しないと住民や通行人には危険な状態になってしまったのかな?
正直、ちょっとショックでした。
明智光秀が落ち武者狩りにあったという場所は、多分うっそうとした竹藪なのだろうと勝手に想像していたのに。
でも周辺にはまだ少し竹藪が残っていました。

こんな場所を、明智光秀は通っていたのかな?
多分1人ではなく、家臣数名が一緒にいたと思われますが。
『麒麟がくるまで待てない!』で見た、懐かしいNHK大河ドラマ『国盗り物語』の明智光秀の最期が、とても印象に残っています。近藤正臣さん、とても可愛そうでした。
土を掴むけど、掴みきれなくて離してしまう。まるで、掴みきれなかった夢や天下のようでした。
ちなみに、光秀が山崎の合戦で逃げ込んだ勝竜寺城(京都府長岡京市)から、この場所を経て坂本城へ歩いて脱出するとなると、現代ではこうなるようです。
歩いて6時間! これなら脱出したくなるかな? 夜は短し歩けよ光秀!と応援したくなりました。
明智光秀の供養塔がある本経寺
明智藪を見学した後は、明智藪の所有者である本経寺を訪れました。
本経寺は日蓮本宗の寺院で、昔はここに僧侶の学校があったのだとか。

新しそうなお堂が建っていました。

ここにあるのが、明智光秀の供養塔。平成10年に建立されたもののようです。
殺害されたとも、致命傷を受けて自害したとも言われていますが、いずれにしても無念の最期だったことでしょう。
このお寺の供養塔が、どうか彼の魂が慰めていますように。
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