『らんまん』主人公モデル牧野富太郎ゆかりの地・高知県佐川町1 名教館

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牧野富太郎ってどんな人?

今月からスタートした朝の連続テレビ小説『らんまん』の主人公は、明治から昭和にかけて活躍した植物学者の牧野富太郎です。

高校の日本史では、確か明治文化のところで、「科学の発達」の一覧表に出てくるくらい。子供のころに植物図鑑を眺めるのは好きだったけれど、その後の人生で特に植物に興味があるわけでもない私には、接点のない人物でした。

ところが朝井まかてさんの『ボタニカ』を読んで、彼の破天荒な生き方にびっくり! 「植物学を極める」という信念で学問のために今の金額で何億という借金を重ね、家族(しかも子だくさん!)よりも学問優先。そして小学校中退ながらも独学で世界的な植物学者になり、生涯で600種余りの新種を発見。名付けた植物は2,500種以上で「日本植物学の父」と呼ばれています。家にはなかったけれど、『牧野日本植物図鑑』でも有名と知りました。

裕福な実家の酒屋を潰してしまったり、最初の妻を顧みずに東京で妻子を持ったり、借金を肩代わりしてくれた恩人や東大の植物学教授とこじれたり、金銭感覚がなさすぎるというかなり困った人なのですが(きっとドラマでは、ストレートに描くと炎上必死の個所は削除されるでしょう)、「好きなもの」や「生涯を賭けるに値する仕事」(ライフワーク)をかなり早い段階で見つけ、生涯それに向けて突進することができた、ある意味幸せでうらやましい人物です。

そんな牧野富太郎ゆかりの地を、昨年から今年にかけて訪ねることができました。

高知駅から富太郎の故郷佐川町へ! 高知駅が既に盛り上がっていた

昨年6月26日(日)、高知駅から、牧野富太郎の故郷佐川(さかわ)町に列車で向かいました。

高知駅ではもちろん坂本龍馬も幅を利かせているのですが

牧野富太郎もしっかりPRされていました。朝ドラ効果恐るべし。

よく見るとかなりハンサム! 神木隆之介くんが主演というのも頷けます。

高知から佐川町へは、各駅停車の列車で50分ほど。

残念ながら、アンパンマン列車ではありませんが(アンパンマン列車は岡山に行く特急列車)、

清流で有名な、仁淀川を見ることができました。明治維新期の高知の青年らしく、自由民権運動にも熱中した富太郎や仲間たちは、この仁淀川の河原で演説会なども開いていたそう。

牧野富太郎が学んだ名教館へ!

佐川町では、牧野富太郎ふるさと館が一番の目的地だったのですが、駅からは少し離れていました。

でもその途中にも、面白いものがたくさんあったのです。

駅前から伸びる通りには、ドラマにちなんだ?書を飾っている店があったり、

まだ、こいのぼりが泳いでいたり。

佐川町の案内も見ることができました。昔の写真は、味わいがありますね。

そして、面白かったのが、富太郎も通った名教館(めいこうかん)という郷学でした。江戸時代に佐川町の領主だった土佐藩家老の深尾氏が設立し、教育に力を入れたことから「佐川山分学者あり」(「山分」は山がたくさんある所の意)と言われ、多くの儒学者が輩出しました。

明治維新になってから富太郎のような庶民にも門戸が開かれましたが、まだまだ士族の方が多かったそう。

現在の建物は、玄関部分を移築したものだそうですが

明治初期の、富太郎らが学んだ時の状況は、こんな感じだったのでしょうか。

牧野富太郎もいました!

名教館は、高等教育委機関だった!

富太郎が学んでいた時の師は、名教館出身の伊藤蘭林(らんりん)で、

儒学など和漢の才に長けていただけでなく、天文、科学、文学、音楽など多方面に通じ、学問だけでなく武芸にも優れた文武両道の人だったようです。

伊藤蘭林が生涯かけて教えた生徒はざっと千人! その中には、後に富太郎の借金を清算するのに力を尽くした田中光顕(みつあき)など、明治政府の要職を歴任した土佐出身の志士たちもいました。

牧野富太郎は「小学校中退」という学歴しか持ちませんが、実は名教館ではとても専門的な高等教育が行われ(翻訳書で地理・天文・物理など当時最先端の学問を教えていた)、小学校の勉強が簡単すぎたので嫌になって辞めてしまったのです。

11歳でこのような学問を理解していた富太郎は、かなり頭がいい人で、英才教育を受けていたというべきでしょう。小学校を中退した後、独学で植物研究のため必要と感じた様々の学問を学びますが、それも彼が高等教育をある程度マスターしていたからかもしれません。

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