歴史が息づく中村の町
2024年12月30日(月)今回の旅行最終日は、四万十市の中村を観光しました。
中村城跡や四万十市郷土博物館を訪れた私たちは
城跡や博物館のある為松山を降りて、再び市街地へ向かいました。

その途中遭遇したのが、城跡でも博物館でもみかけた、樋口真吉邸跡。
さらに進むと、「京町通り」という町名があって、小京都らしさが漂います。

中村小学校の校舎も、

歴史ある町にふさわしいデザインでした。
都から一條房冬に嫁いだ皇族の玉姫
中村小学校の近くにあるのが、私たちの最後の目的地である「玉姫の墓」。
玉姫とは、戦国時代に京都の伏見宮家で誕生した、天皇の血を引く高貴な女性。

土佐一條氏2代目(応仁の乱を避けて都からやってきた教房の孫)・房冬の正室になりました。この頃の土佐一條氏は対明貿易(日中貿易)で潤い、朝廷に多額の献金や、珍しい鯨を献上。京都にも赴いて、大徳寺の高僧に帰依。大徳寺を通して堺の商人やほかの大名たちとも人間関係を築いていたようです。土佐一條氏の最盛期は、この夫婦の時代だったのですね。

夫に先立たれた後は仏門に入り、孫ができた後に亡くなったようです。

でも今でも、中村の町おこしに一役買っているみたい。四万十市商店街振興組合連合会女性部が「四万十玉姫の会」を結成し、毎日22日は「玉姫様の日」(命日が8月22日)として、お墓掃除などを行っておられるとか。

お墓の側にある集会所の名前も、「玉姫さくら会館」でした。
お土産とホーロー看板がすごい! 物産館サンリバー四万十
玉姫の墓参りも終え、この日の中村駅発の夜行バスで神戸に帰る私たちが困ったのは、中村中心部の飲食店がほとんど予約で満席と言われ、利用できなかったこと。

せっかくホテルでリストを貰ったのに、断られてばかりで

仕方なく中村駅途中のラーメン屋さんで食事をし、中村駅でバスの出発まで時間を潰そうと思っていたら、お土産をまだちゃんと購入していないことに気が付きました。駅の売店も、閉まっていたのですが、ネットで検索すると、良さそうな土産物屋がありました。
それが「物産館サンリバー四万十」。お土産物が充実していて、大助かり。


私たちが高知に行くと、絶対購入する高知のお菓子「ミレー」はもちろん

昨日知ったばかりの宗田節や

鰹の煮付けなど、高知らしい鰹の製品。

そしてまだまだ元気な、牧野富太郎先生に因む商品や

以前高知市で食べた「ぼうしパン」など、高知らしいお土産がいっぱい!

個人的には、壁の一画に飾られていた

これぞ昭和!という

懐かしいホーロー看板の数々に大感激。

近頃は、愛好家の収集の対象になっているようです。本当に懐かしい。
この物産館には食事処(いちもん家)も併設されていて、ここで食事するのもありだったかなと思いました。何事も、下調べしておくのは大事ですね。
初めて知った「しんじょう君」
ところで、私たちが購入したミレーの1つが、「しんじょう君」というかわいいキャラクターが箱に描かれたミレーサンドだったのですが、なぜ「しんじょう君」という名前なのか、不思議に思って調べてみました。

すると、このキャラクターは高知県須崎市のマスコットキャラクターで、1979年に、日本で最後にニホンカワウソの生育が確認された新庄川が、名前の由来になっているとか。
ニホンカワウソと、須崎市名物の鍋焼きラーメンをモチーフにした帽子をかぶっているしんじょう君は、2016年にゆるキャラグランプリで優勝。今日も絶滅してしまった友達を探しに、旅をしているとのこと。どこかにまだ、ニホンカワウソがいたらいいなと思いながら、中村を後にしました。
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