北播磨のローカル線・北条鉄道沿線を歩く12  鶉野飛行場跡(前編)

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鶉野飛行場とは

NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公たちが、毛利氏との「中国攻め」で最初に壁にぶつかる播磨地域(兵庫県南西部)には、時々テレビなどで紹介されるローカル第三セクターの北条鉄道が走っています。5年前(2021年12月)、初めて北条鉄道に乗って、沿線の観光地=兵庫県加西(かさい)市を訪れる機会がありました。

加西市の中心部にある終点の北条町(ほうじょうまち)駅近くの「ホテルルートイン加西 北条の宿(しゅく)」に宿泊した私たちは

北播磨のローカル線・北条鉄道沿線を歩く9  ホテルルートイン加西 北条の宿

2026年3月22日

翌朝再び、中世から栄えた加西市の中心部・北条の宿(しゅく)周辺を散策後

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北播磨のローカル線・北条鉄道沿線を歩く10  多宝塔や鐘楼が色鮮やかな酒見寺

2026年3月23日

加西市のキャラクター「ねっぴー」と小野市の市花「ひまわり」が描かれた車両に乗り、昨日も降りた北条鉄道の法華口駅へ。今日の目的地は、終戦2年前の1943(昭和18)年に、姫路海軍航空隊基地として建設された鶉野(うずらの)飛行場跡です。飛行場の南西には川西航空機鶉野工場も建設され、戦闘機の組立が行われていました。日本海軍の主力戦闘機(零戦の後継機)である紫電改(しでんかい)も、ここで製造されていたのです。

鶉野の姫路海軍航空隊基地には、10代を中心に若者が全国から約500名集められ、30時間の飛行訓練を受けた後、各航空隊へ配属されました。戦況がいよいよ悪化した1945(昭和20)年には神風特別攻撃隊「白鷺隊」が編成され、終戦までに63名の尊い命が失われています。昨日法華口駅で見た、ボランティア駅長のメッセージを思い出しました。

北播磨のローカル線・北条鉄道沿線を歩く3  国の登録有形文化財・法華口駅

2026年3月16日

戦後は1/4が食糧増産のため農地として売り渡され、残りは陸上自衛隊の訓練施設となっていましたが、2016年に加西市に払い下げられました。

私たちは「紫電改の実物大模型がある場所」としか、鶉野飛行場跡の事を最初は知らなかったのですが、調べていくとかなり規模の大きな戦争遺跡だということがわかりました。

鶉野飛行場跡への道

私たちは法華口駅から、無料シャトルバスを利用して

鶉野飛行場を目指します。

神戸大学の付属農場(神戸大学大学院農学研究科附属食資源教育研究センター)がある、一見平和な農村風景のすぐ近くに

巨大防空壕跡がありました。飛行場内で最大規模のコンクリート製防空壕で、自力発電所として使われていたのだとか。今回はシャトルバスの時間の都合で立ち寄りませんでしたが、現在この巨大防空壕は、特攻隊「白鷺隊」隊員の遺書、手紙を読み上げる映像コンテンツを上映するシアター(上映時間約20分)として活用されているそうです。

私たちは時間がなかったので、シャトルバスを利用して、紫電改の模型がある備蓄倉庫(現在は「soraかさい」)しか行かなかったけれど、周辺の戦争遺跡をじっくり歩いて見て回っても良かったかな。

15分ほどで、目的地の備蓄倉庫へ到着。シャトルバスで降り立った滑走路の広さに、まず驚かされました。これなら余裕で今でも飛行機が飛べそう!と思ったのですが

実は滑走路(上の地図の斜めの道)の2/5の場所に道路(東西の道)が走っていて分断されており、滑走路のすぐ近くに工場や民家、送電線があるために飛行機の離着陸は困難なのだとか。飛行機は飛べないけれど、イベントで気球が飛ぶのは平和の証だなと思いました。

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