台風接近中の円覚寺観光1 漱石も描いた円覚寺の踏切と三門に感動! 舎利殿はどこに?

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円覚寺の踏切は有名だった?!

北鎌倉駅で進む方向を誤った(そのおかげで、ビブリア古書堂の前を偶然通りかかることも出来たのですが)私達は、スリーエフ北鎌倉店の店員さんに教えられ、北鎌倉駅の改札口から踏切を渡って、円覚寺に行くことが出来ました。

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2017.11.10

北鎌倉駅の通常改札口をよく見ると、こんな貼り紙もしてありました。

ちなみに、円覚寺の読み仮名は「えんがくじ」と濁ります。

明治時代、軍港の横須賀へ通じる鉄道を建設する際、無理矢理、円覚寺の境内に線路を通過させたと『ウィキペディア』にありました。

だからこんなに線路や駅や踏切と、寺院が接しているのですね。

公式サイトによると、北鎌倉駅下車徒歩1分。

夏目漱石の名作『吾輩は猫である』の中に、「円覚寺の前に汽車の踏切りがあるだろう、あの踏切り内へ飛び込んでレールの上で座禅をするんだね。それで向うから来る汽車をとめて見せると云う大気焔さ。」という一文があります(美学者迷亭先生が、友人のことを語るシーン)。

この踏切は、明治時代から有名だった踏切なのかも知れません。

よい子&よい大人は決して真似をしないで下さいね!

円覚寺について

階段を上がると総門です。

拝観料は大人300円で、Suicaも使えます。ちなみにiPhone7のモバイルスイカアプリにも対応していました(便利!)。

チケットの裏にも、いい言葉が書かれていました。

8代執権北条時宗は、2度の蒙古襲来を乗り切れたのは、彼が精神的支柱としていた禅宗の力であると考え、国家鎮護と禅宗を広めるために、円覚寺を建立しました。

蒙古襲来の時の戦死者は、この寺で敵味方の区別なく供養されています。

鎌倉時代を通じて権力者であった執権・北条氏に保護され、広大な寺域を誇りました。

円覚寺の伽藍(寺院の建物)は、丘陵地が浸食された谷戸(やと)と呼ばれる鎌倉特有の谷に沿って建てられており、奥に進むにつれて徐々に登っていく形になっています。

高低差があるし、境内がとても広いので、歩きやすい靴の方がいいでしょう。

三門(山門)

とても立派な門で、円覚寺で一番印象に残った建物でした。

諸々の煩悩を振り払って、解脱・涅槃の世界である仏殿に至る門とされています。

この「三解脱門」(空・無相・無願を象徴)は、夏目漱石の小説『門』のタイトルになった門だそうです。

友人の妻を奪った主人公が、救いを求めて円覚寺で参禅するけれど、救いは得られませんでした。

漱石は、「山門を入ると、左右には大きな杉があって、高く空を遮っているために、路が急に暗くなった。その陰気な空気に触れた時、宗助は世の中と寺の中との区別を急に覚った。」と描いています。

私達が訪れたときはものすごく雨が降っていたので、まるでモノクロ映画の名作『羅生門』の世界のようでした。

最近映画『羅生門』を見たばかりだったので、ちょっと感動。

雨宿りしている人たちもいました。

ちなみに小説『羅生門』で描かれた羅生門のように、円覚寺のこの三門は楼上に上がることが出来、楼上には通常非公開の十一面観音など仏像が祀られているそうです。

この道を、北条時宗も、夏目漱石も、いろいろ悩みながら、救いを求めて歩いていたのかなと考えると、感慨深いものがありました。

仏殿

円覚寺のご本尊が祀られている建物です。

関東大震災の被害に遭い、昭和に再建されました。

ご本尊は宝冠釈迦如来(毘盧遮那仏とも)。

前田青邨の監修によって描かれたという天井の「白龍図」も迫力がありました。

私は開山の無学祖元の像を見つけて大喜び。

ちなみに左隣は、達磨大師の像でした。

ご本尊の裏手に回ってみると、僧侶が履く沓がたくさん置かれてあって、こういう光景は初めて見ました。

病院の下駄箱みたいですね。

ここでは毎年10月5日に「達磨忌」の儀式が行われるようですが、そういう儀式のときなどに使われる履き物です。

2年前の「達磨忌」の様子が、「円覚寺 居士林だより」のサイトにありましたので、興味のある方は、ぜひご覧ください。

選仏場(せんぶつじょう)

修行増の坐禅道場です。

特別大きくはない建物ですが、この建物で何人ぐらい坐禅をするのでしょうか。

中央に祀られているのは、薬師如来像と観世音菩薩像です。

居士林(こじりん)

禅を志す在家(出家しない)信者のための専門道場です。

元は東京・牛込にあった柳生流の剣道場で、192(昭和3)8年に柳生徹心居士より寄贈を受け、現在の場所へ移設されました。

あの柳生剣術道場だったと聞くと、とても興味が湧きますが、坐禅の邪魔をしても悪いと思って、近寄れませんでした。

「居士」とは在家の修行者のことでしたが、私の中で一番有名な居士は、「果心居士」という戦国時代の幻術師。

彼は興福寺の僧侶だったけれど、外法による幻術に長じたために破門されたそうです(破門された=出家ではないから「居士」なのかな?)。

また司馬さんの本が読みたくなりました。

舎利殿

源実朝が、宋の能仁寺から請来した「佛牙舎利(ぶつげしゃり)」という、釈迦の歯が祀られている建物。

今年の8月に訪れたスリランカの仏歯寺が懐かしくなりました(今年は仏歯に縁がある!)

スリランカ紀行 キャンディの仏歯寺で、人々の篤い信仰心をみた

2017.08.25

キャンディの仏歯寺は世界遺産ですが、この仏歯を祀る舎利殿も、世界遺産でこそないけれど、神奈川県随一の国宝建造物だと知りました(知らなかった!)

鎌倉時代の「禅宗様(唐様)」の代表的建築として、写真で見ることも多いのですが、実は非公開でした。

境内の奥に位置する正続院という塔頭(たっちゅう 付属寺院のこと)の中にあり、門から覗いてみました。

ここから見える奥の建物は、私の知っている舎利殿と違う・・。

円覚寺でもらったパンフレットの表紙を飾っている舎利殿の写真です。屋根の形が全然違う。

跡でグーグルマップ航空写真で確認してみると、奥の建物は正続院の建物で、舎利殿は私達が覗けない場所にあることがわかりました。

必死に覗いていると、たくさんの僧侶が一列になって門から出て行きます。

ここは円覚寺開山である宋から亡命した高僧・無学祖元の墓塔を祀る塔頭で、ここで夏目漱石は、老師と禅問答を行ったそうです。

漱石も『門』の主人公同様、坐禅や禅問答による救いは得られなかったようですが、漱石がこの舎利殿を見る機会はあったのでしょうか。

年に一度、風入れの時には舎利殿が公開されるらしいので、その時にまた行きたいなと思いました。

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