スリランカ紀行 キャンディの仏歯寺で、人々の篤い信仰心をみた

スポンサーリンク



キャンディの仏歯寺へ!

8月9日(水)、今朝はまず最初に、スリランカ第2の人口を誇る、古都キャンディの仏歯寺を訪れました。

昨夜宿泊したホテル、カフェ・アロマインから歩いて仏歯寺へ。

これは、昨日休憩した、キャンディの中心部にあるクイーンズ・ホテル。

ロビーも素敵でしたが、外装も白さが際立っていて美しかったです。

まだスリランカに来て1度も信号を見ていないのですが、馬上で交通整理する騎馬警官がいました。

未だに残るテロの傷跡

この仏歯寺は、スリランカを代表する仏教寺院であり、仏歯を持つものがスリランカの正当な王位継承者であると考えられていました。

シンハラ人とタミル人の内戦が激しかったころは、シンハラ人の象徴とされてテロのターゲットにもなり、1998年には「タミル・イーラム解放のトラ (LTTE)」のテロ攻撃で大勢の人が亡くなったのだとか。

内戦が終わって平和になった今も、テロを警戒して、厳重なセキュリティーチェックがありました。

男女別に分かれて、手荷物検査です(場合によっては身体検査)。

私は見ただけで「タミル人と関係ない外国人観光客」とわかるので、リュックの中身をちらっと見たくらいでしたが、地元の女性は、お供え物を入れた箱の中身もしっかりチェックされていました。

テロの後遺症は、まだまだ消えていないようです。

仏歯寺境内の見どころ

「昨日で完全にペラヘラ祭は終わったから、多分そんなに観光客はいないのでは」と思っていたのですが、なんのなんの、今日も観光客や信心深い参拝客で大賑わいでした。

境内にあった、仏歯を髪の中に隠してインドからもたらした王子と王女の像。

どこかで似たような話を聞いたことがある、と後で調べたところ、NHKの『新シルクロード』で紹介されていたダンタンウィリク出土の板絵に描かれた、養蚕移入伝説でした。

養蚕移入伝説については、懐かしい夏目雅子さんの三蔵法師も登場するこちらのサイト(西域のモナリザと蚕姫と龍王女)をご覧ください。

これは、スリランカ国樹のセイロンテツボク(シンハラ語ではナー)。

「最も重い樹木」として耐久性に優れ、インドでも聖なる樹木とされているとか(多分初めて見た)。

華麗なトンネル

見えてきた白い八角形は王の休憩所(現在は図書館)、写真一番下の波型は海の波、その上の波型は雲を現しているそうです。

お供え物を供える人々。

トンネルを通って本堂に入るのですが、このトンネルを仏歯を乗せた象も通るそうで、ペラヘラ祭の様子を描いた壁画もありました。

上の写真の、象が背に乗せている容器の中に、仏歯が入っています。

スリランカ紀行 キャンディのペラヘラ祭(デイペラヘラ)は大迫力!

2017年8月23日

とにかく、日本の寺院のイメージを覆す華やかなトンネルでしたが、1998年のテロ事件でこの辺りが破壊されてしまったため、新しく描かれた壁画だということでした。

仏歯遥拝

トンネルを抜けると、象牙が奉納されている本堂1階で、仏歯はここから象の背中に乗せられます。

2階まで上がれない信者のために参拝所が作られ、黄金の仏像が祀られているとか。

仏歯が運ばれるルートの天井も金ぴかで、圧倒されました。

ペラヘラ祭で仏歯を入れる容器。

釈迦が使っていた皿を収めたという仏塔。

いよいよ仏歯が祀られている2階へ。

仏歯は、この容器(額縁の写真)に入れられて、この部屋の奥に安置されているようです。

集まっているのは、1日3回のプージャー(仏への礼拝)の時に仏歯の部屋に入り、容器を礼拝しようとする人々。

特に子供を授かった人々が、お礼参りで来るそうです。

私達は時間の関係でプージャーの時間まで待てませんでしたが、人々の熱気はものすごかった。

祭壇には、人々が捧げた花があふれています。

私達も仏歯を拝みましたが、ランジェナさんがとても熱心にお祈りしていたのが印象的でした。

仏歯の他にも見どころは多い

仏歯寺の建物は、なかなか見どころがありました。

ヤシの葉を結んで、願い事をしているそうです。

階段を支えている鬼?かな。日本の寺院でも見られる装飾です。

世界各地から贈られた仏像。

昨日まで、ペラヘラ祭の象が身に着けていた衣装です。

釈迦の誕生から始まるスリランカの仏教史が、わかりやすく、たくさんの絵画で表現されていました。

これは、釈迦の没後インドで仏教が衰え、ヒンドゥー教信者により仏歯が破壊されようとしたため(左)、インドからスリランカへ仏歯がもたらされたという場面です。

スリランカがイギリスの植民地になった時にはペラヘラ祭も禁止されたけれど、2年間雨が降らなくなってしまい、ペラヘラ祭を再開すると雨が降り、のちにイギリス人も仏歯寺の責任者をスリランカの僧侶にしたという場面。

スリランカでは仏歯は王権の象徴であり、仏歯のある場所が都の置かれる場所とされたため、ポルトガル占領時代には仏歯が破壊されそうになったけれど、複製でポルトガル人を欺いたとか。

現在の首都はスリー・ジャヤワルダナプラですが、仏歯は引き続きここに安置されています。

偉大な象と、日本の恩人ジャヤワルダナ大統領

本堂の北側にある、王の集会所。

今まであちこちの遺跡でも見ましたが、風通しを良くするために、最初から壁のないデザインだったのでした(遺跡だから壁がないと思っていた)。

この先の展示室には、50回もペラヘラ祭に参加し、仏歯も載せたという、ラージャという象の剥製が展示されていました。

牙が長く、背中が平らで堂々としており賢い象でないと、ペラヘラ祭の主役を務めることはできないそうです。

この象と一緒に写真に写っているのが、日本の恩人、ジャヤワルダナ大統領でした。

彼は1951(昭和26)年、サンフランシスコ講和会議に出席し、「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という法句経の一節を引用して、セイロン(現スリランカ)は日本に対する賠償請求を放棄する旨の演説を行って各国の賛同を得、日本が国際社会に復帰できる道筋を作ったという、日本の大恩人。

また非常な親日家としても知られ、彼の希望により、右目の角膜はスリランカ人に、左目の角膜は日本人に移植されました。

この方は、ジャヤワルダナ氏の次に大統領になったラナシンハ・プレマダーサ氏ですが、在職中にタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)により暗殺。

王権の象徴である仏歯寺には、政治や権力にまつわる血なまぐさい話もあるのでした。

華やかな仏花店

仏歯寺を出ると、門前には、お供え物の美しい花を売る店がいっぱいでした。

日本では菊や百日草、ホオズキなど、どちらかといえば渋めの花が仏のお供えとされますが、スリランカの仏花は色鮮やかで、熱帯の気候にはとてもよく合っていました。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です