大阪の繁華街・十三 地名の謎と島左近との不思議な縁

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十三って何て読む?

関西には難しい読み方の駅名がたくさんあります。

今回ご紹介するのは、阪急電車を利用する人なら絶対知っている(と思う)大阪市淀川区にある十三です。

十三と書いて「じゅうそう」と読みます。

人名にも「十三」の付いた人がいますが、「じゅうそう」とは読まないですね。

私の知っている「十三」さんは、昭和前期のSF小説・探偵小説作家である海野十三(うんのじゅうざ)、彼のファンだった松本零士描く初代宇宙戦艦ヤマト艦長・沖田十三(おきたじゅうぞう)の2人しかいません。

調べてみると、かつて青森県西津軽郡にあった十三(じゅうさん)村をルーツとする「十三」という苗字があり、読み方は「じゅうさん」「とさ」「とみ」のようで、「じゅうそう」とは関係なさそうでした。

「じゅうそう」と読むのは、実はとても変わった読み方なのかな?

他にこの読み方をする地名をご存知の方、教えてください!

十三の語源について

この十三ですが、阪急電鉄の京都線・宝塚線・神戸線を走るすべての列車が停車し、乗換の乗客でいつも賑わっています。

でもなぜこの辺りが「十三」と呼ばれるのか、よく知りませんでした。

家族に質問され、調べてみると、2つの説がありました。

1 古代条里制の名残

大化の改新により、古代の日本は公地公民制になり、農民には口分田が支給された(班田収授)と学校の授業で学習したことを覚えておられる方も多いでしょう。

農民に口分田を支給するため、政府は土地を一定の面積に区分する必要が出てきました。

そのためある範囲の土地を、約109m(1町)間隔で直角に交わる平行線により、正方形に区分しました。

1町四方の正方形を1坪、1坪の正方形を6×6に並べた区画(6町四方の正方形)は「里」と呼ばれました。

里の横列を「条(じょう)」、里の縦列を「里(り)」とし、任意に設定された基点から、縦方向には一条、二条、三条と、横方向には一里、二里、三里というように、明快な位置表示が可能となったのです。

これが「条里制」と呼ばれる制度。

摂津国西成郡の場合、南端(飛田)を1条とし、北へ順次区画していくと、この辺りが十三条になるというのです。

2 十三番目の渡し場

十三の南側は、淀川に面しており、今でも8月になると平成淀川花火大会で賑わいます。

この辺りには昔、淀川の支流であった中津川(1898年に新淀川が開削されたために消滅)の渡し場があり、これが淀川上流から数えて13番目の渡し場だったのだとか。

江戸時代から「十三」の地名があった

中津川南岸の成小路村(現在の淀川区新北野付近)と、北岸の堀村(現在の淀川区十三本町付近)を結ぶ渡し舟は「十三の渡し」と呼ばれ、江戸時代までには設置されていたようです。

この渡しは、大坂と西宮・尼崎を結ぶ西国街道のルートとして、とても大事な場所でした。

成小路村の字(あざ=市町村内を細分した区画の名)として、十三の地名が記されています。

島左近の孫が十三を作った?

『淀川の文化と文学』(和泉書院)を読んでいたら、十三と島左近が関係あると書かれていました。

島左近といえば、『関ケ原』に登場する、私の大好きな武将の1人。

『関ケ原』の島左近ってどんな人? ゆかりの彦根・関ケ原の地を訪ねて

関ヶ原の乱戦で討ち死にしたとも、行方知れずになったともいわれる島左近ですが、関ヶ原に赴く直前、妻の1人と娘2人を十三近くの木川(きがわ)に逃がしました。

娘の1人は天満宮(大阪市北区)の宮司寺井家に嫁ぎ、もう1人は木川に土着したそうです。

土着した娘の子が島道悦(どうえつ)。

彼は地域の発展に貢献し、高野山や長谷寺などで土木事業の経験や才能があったため、地元の人々の懇願を受けて、1650年から中津川の改修に着手したのです。

中津川の蛇行による堤切れ、それに伴う浸水被害などを減らすために、直線的な川を新たに掘ったり、掘った土砂で利用して古い河道を埋め、新田にしたり、新たな川の堤を強固にしたりして、地域の減災と新田開発を実現しました。

私財を投げ打って一文の官費ももらわず、12年間寝食を忘れて働き、独力で難工事を完成させた道悦は、その翌年(1653年)疲れ果てて44歳で死去。

彼の浚った土砂を堆積した小島新田が、今の十三の地なのだとか。

木川墓地(公共の共同墓地)にある道悦の墓には、彼の業績をたたえた漢学者・山本洞雲叟(どううんそう)の見事な碑文が刻まれているそうです。

また道悦の子孫・島吉次郎氏が、1934年、木川墓地に島左近の供養墓を建立しています。

詳しくは、こちらのサイトをご覧ください。

島家の墓(大阪市淀川区)ぶらり歴史旅一期一会

島左近さんはお酒好きで、ゆかりの地・彦根では彼の名をつけたお酒(「鬼の左近」)も売られていました。

HIS日帰りバスツアー体験2 夢京橋キャッスルロードでお買い物

彼をモデルとした猫のゆるキャラ「しまさこにゃん」も、いつも徳利を持っています。

戦国武将のお墓と繁華街の取り合わせに、最初はとてもびっくりしたけれど、お酒が大好きな島左近さんは、繁華街の十三に供養塔があることを、とても喜んでいるかもしれません。

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