ベルトラで行く安平歴史スポット3 オランダ人が作ったゼーランディア城(安平古堡)

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安平のランドマーク・安平古堡(あんぴんこほう)

ベルトラの1日ツアーで、日本人ガイド兼運転手の陳さんに安平を案内してもらいました。

私は知らなかったのですが、コースに含まれていた安平地区の観光地は、億載金城と安平樹屋のみ。

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でもどうしても、安平古堡も見たくなりました。オランダ人が建造したゼーランディア城のことで、ガイドブックによると「安平のランドマーク」と書かれています。

安平樹屋にある徳記洋行で、台湾の歴史について改めて学んだこともあり、やはり実物を見てみたい。

陳さんは困っておられましたが、入場料は(当然)私たちが払い、40分間でダッシュで見学する。周辺は駐車場所がないから、車を移動させて40分したら迎えに来るということで、自由見学することができました。

それもこれも、今日のツアーが私たち2人だけの貸切りツアーになってしまったためでしょう。陳さん、ありがとうございました。

安平樹屋から安平古堡までは、飲食店や露天が並んでいるにぎやかな場所(安平老街)。車が入りにくそうでした。

待ち合わせ場所は、安平開台天后宮の門前。そこから徒歩で、安平古堡に向かいました。

立派な寺院や、群がる露店をのんびり見ている暇はありません。次はツアーではない個人旅行で、のんびり訪れてみたいものです。

安平古堡の歴史

入場料はほかの場所と同様、大人50元。陳さんの解説がないから、日本語パンフレットが頼りです。

司馬遼太郎さんも、『台湾紀行』でここを訪れ、「海の城」という章で詳しく書かれていました。

1624年に安平を占領したオランダ人(軍人と商人の合同軍)は、防御要塞としてゼーランディア城を建造し、1634年に完成させました。

その後、明の再興を目指して清朝と戦っていた鄭成功(ていせいこう)がこの城を攻略し、名も「安平鎮」と改められ、台湾の人々から「王城」と呼ばれました。

清朝時代には、台江が土砂が埋め尽くされて重要性が失われ、清朝が億載金城を建築するときこの城から赤レンガを持ち出したため、城は荒れ果ててしまったのです。

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日本の統治時代に再建され、台湾独立後に「安平古堡」と呼ばれるようになったそうです。

ちなみにこの石碑は、長崎の貿易商・末次平蔵の朱印船船長だった浜田弥兵衛(やひょうえ)の功績を記念したものでした。

彼は幕府の後援を得てオランダ総督ノイツを人質に取り、台湾交易における関税(一律10%)の撤回を要求。オランダはこれを承諾し、台湾は自由貿易地になりました。

日本統治時代の石碑はリサイクルされ、大きく「安平古堡」と彫りなおされています。

ランドマークは展望台

現在私たちが見ている建物は、日本により修復された姿。熱蘭遮城(ゼーランディア城)は当初税関クラブとされ、その後史料館となり、台湾独立後は安平区役所にもなりました、現在は熱蘭遮城址博物館です。今回は時間がないのでパス。

この高台も、日本統治時代にレンガを積み上げて作ったもの。

高台の上にある建物は、1930年、日本式の税関高官の公邸や職員官舎を洋風建築に改め、接待や展覧場所としたものです。現在は史跡記念館となっています。

オランダ時代から現在に至るまでの歴史が展示されていました。城だけあって、武器の展示も多いです。

ゼーランディア城の復元模型もありました。やっぱり今の姿と全然違う。

司馬さんもこの建物を見て「17世紀の形式ではなさそう」と書かれています。

次に、安平古堡でひときわ目立つ展望台へ。展望台は、安平古堡のランドマークにもなっています。

司馬さん曰く「空港の管制塔みたい」。私もそう思いますが、展望は素晴らしいものでした。この展望台は、1975年に設置されたもの。

昔のオランダ人以上に、四方を見渡すことができます。上は安平開台天后宮方面。何が見えるか、建物の名前がガラスに書かれていました。親切です。

上の写真は、さっき訪れた安平樹屋です。特徴的な洋館が目印です。

展望台階段の柵には、南京錠もかけられていました。どこの国でもこれが流行しているのかな?

オランダ人の痕跡はどこに

私たちは、高台の上の建物にばかり目を奪われていましたが、あとでパンフレットをしっかり読むと、オランダ人の痕跡が残る貴重なものは、博物館の外側にある城の外郭城壁。

下の写真は、残念ながらオランダ時代のものではなさそうです。

上の写真はどうかな? これはオランダ時代のものかな? 説明板?があるから、ちょっと期待。

司馬さんによると、レンガや漆喰は東インド会社のあるバタヴィア(インドネシア)から持ってきたのではないかとのこと。

パンフレットによると、砂糖水ともち米汁に、牡蠣殻の灰や砂などを混ぜあわせたものを積み重ねて作られたのだとか。億載金城でも使われた「三合土」です。

念願かなって安平古堡の見学はできたけれど、時間に追われて無理をしたからオランダ人の城をじっくり見ることができず、ちょっと本末転倒になってしまった感もあります。

迷子にならずに待ち合わせ場所に行けたし、無事に陳さんと合流できたから、まぁいいかな。

またご縁があったら、ゼーランディア城博物館やオランダ時代の城壁、そして安平開台天后宮もゆったり見学したいです。

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