琉球王国の庭園・識名園

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首里城から識名園は、タクシー移動が便利

2018年12月1日(土)に那覇を訪れ、首里城を見学した私たち。

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首里城の後は、タクシーで琉球王朝の庭園・識名園を目指しました。

車中からは、琉球独特のお墓・亀甲墓を見ることができました。

短い移動距離でしたが、アップダウンのある道だったので、タクシーでよかったと思いました。

園内の見どころ

識名園は琉球王家最大の別邸。庭園も含めた面積は、約41,997㎡です。

国王一家の保養や、中国皇帝の使者である冊封使(さっぽうし)の接待などに利用されました。

正門

国王一家や冊封使などが、出入りした正門は、格式ある屋敷にのみ許された屋根付きの門です。

私たちは、別の入り口から園内に入りました。ここからは入れません。

近くにあった、デイゴの木。沖縄の県花で、3~4月に赤い花が咲くそうです。歌でも有名ですね。

熱帯らしいガジュマルの木もありました。

六角堂

しばらく歩くと、池が見えてきました。「心」の字を崩した形の池(心字池)です。

庭園は、日本風の「廻遊式庭園」の様式ですが、中国風の建築が見られる場所もあります。

たとえば、池に浮かぶ島に造られた六角堂。

東屋(あずまや)ですが、屋根の形や、瓦を黒く色づけているところが、中国的な趣なのだとか。

内部はがらんとしていましたが、昔の六角堂の様子を紹介した新聞記事が、展示されていました。

昔は四角堂だったのかな。

石橋

池の中に配された島に、大小二つの石橋が架けられています。

いずれも橋の中央が高くなったアーチ橋で、中国風のデザインです。

水面に橋が映ると、円形に見えるのだと後で知りました。写真を撮るときは、チャレンジしてみてください!

この、ごつごつした石は、琉球石灰岩。日本風・中国風・琉球風が融合した庭園です。

園内でも、日本人の観光客グループ(修学旅行生?)に、中国人(っぽい)ガイドさんが説明をしているという、国際的な情景を見ることができました。

滝口

偶然出会った識名園のスタッフが、眺めのいい場所を紹介してくれました。

園内の築山から眺めると、なるほど、きれいな景色です。

石橋・六角堂・御殿がすべてカメラに収まりました。

そこからさらに進むと、こんな物騒な看板もありました。草むらには、入らないようにしましょう!

ちょっとドキッとしましたが、さらに進むと、あふれた池の水が、石造りの懸樋から流れ落ちていました。

かつてその側には、八角堂(東屋)があり、夏場の厳しい暑さをしのぐには、絶好の場所だったようです。

船着き場

池の周囲を歩くと、六角堂や橋のアングルが変わって、また別の光景が楽しめます。

しばらく歩くと、水が浅くなっている場所がありました。

ここは、池に浮かべる船を引き上げる場所でした。どんな舟遊びを、国王たちはしていたのでしょうか。

勧耕台碑

道はまた上り坂になり、木の根道もありました。

しばらく歩くと、勧耕台碑という石碑がありました。

1838(道光18)年、尚育王の冊封正使・林鴻年(りんこうねん)が題したもの。

手入れの行き届いた田畑を見て、国王が心から人々を励ましていると称えた文章です。

ここは展望台なのですが、海を望むことはできません。

琉球王国を大きな国と見せるため、海をわざと見せないように、展望台を工夫したそうです。

展望台から降りると、何やら人だかりがしていました。

近くの木に「ナナホシキンカメムシ」という、沖縄の美しいカメムシがいるよ、とのこと。

スタッフが指さす先をよく見ると、確かに木の細い枝に、茶色い虫が何匹も垂れ下がっているような。

写真はうまく撮れませんでしたが、本物は、こんな美しい色です。こちらをご覧ください。

育徳泉

ここまで来て、池の向こうに見える御殿(うどぅん)へどう行けばいいのかわからず、スタッフに尋ねてまたもと来た道を戻ると、育徳泉(いくとくせん)という泉に出ました。

池の水源の一つになっている泉です。ちゃんと水が湧き出ていました。

井戸口は奥だけでなく、右手にもあります。

井戸口の上には、泉を称えた二つの碑が建てられていました。

右は1800(嘉慶5)年、尚温王の冊封正使・趙文楷(ちょうぶんかい)が題した「育徳泉碑」。

左は1838(道光18)年、尚育王の冊封正使・林鴻年(りんこうねん)が題した「甘醴延齢碑(かんれいえんれいひ)」。甘酒のような泉が、寿命を延ばすという意味かな。

御殿

御殿(うどぅん)は赤瓦屋根の木造建築で、当時の上流階級のみに許された、格式あるスタイルです。

雨端(あまはじ)という、民家(母屋)の、おもに南面・東面の軒に差し出した庇(ひさし)、またはその下の空間部分などには、民家の趣を取り入れています。

総面積は約160坪もあります。

一番座は、冊封使を迎えた場所。

次が二番座、三番座と続くそうです。下は台所です。

明治末~大正初に増改築されたそうですが、日本と琉球のスタイルが入り混じったような建物でした。

御殿の縁側で、のんびり池を眺めてゆったりしていると、とても穏やかな気分になれました。

首里城に比べて観光客も多くなく、静かな時が過ごせる識名園。世界遺産でもあり、お勧めです。

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