『英雄たちの選択スペシャル 大奥贈答品日記』 知られざる瀧山さまの素顔

スポンサーリンク



NHK『英雄たちの選択スペシャル 大奥贈答品日記』を見る機会がありました。

大河ドラマ『篤姫』(全部見たわけではないけれど)でも描かれた大奥は、「高貴な人のプライバシーを言いふらしてはいけない」ため、中での出来事は他言無用。あまり史料もありません。

秘密のヴェールに包まれた大奥。ワクワクしながら見てみました。

今回の主役は、大奥トップの瀧山さま

今回の主人公は、大河ドラマ『篤姫』にも重要なキャラクターとして登場した、将軍付御年寄(しょうぐんつきおとしより)の瀧山(たきやま)さま。

ちなみに、本名は瀧山ではありません。大岡義方の長女で、名前は多喜とも言われています。

貧しい(内職もしていた)御鉄砲百人組の娘が、14歳で縁あって大奥に就職。

「瀧山」というのは、女中としての名前なのです。

才能を認められ、スピード出世した瀧山は、当時の大奥最高権力者・姉小路(あねがこうじ)にも可愛がられるなど、組織の中で生き抜くすべを身に着けていました。

やがて13代将軍家定付御年寄となり、14代将軍家茂が亡くなるまで、大奥の最高権力者として君臨しました。

ちなみに「御年寄」というのは、「老中」に相当する役職で、大奥の万事を取り仕切ります。

この時期の大奥は、14代将軍を誰にするかという問題や、篤姫や和宮の輿入れ、さらには幕末の政情不安などで、かなり大変な日々でした。

今回は、テレビ初公開の「瀧山日記」(一部研究者の間では知られていました)を読み解きます。

そして他の史料とも照らし合わせ、単なる贈答品の記録から、幕末政治史の舞台裏や、瀧山さまの素顔を紹介するというもの。

1,000人とも3,000人とも言われる奥女中を束ねる大奥の最高権力者の素顔は、どんな感じだったのかな?

ちなみに今回は、瀧山さまが悩む「選択」はありませんでした。

できるビジネスウーマン 瀧山さまの秘密

『篤姫』では稲森いずみさんが、瀧山さまを演じておられました。

とてもクールで、「できるビジネスウーマン」という雰囲気でした。

この『英雄たちの選択スペシャル』では、スタジオパート(瀧山さまのお墓がある、埼玉県川口市の錫杖寺に特設)とドラマパートから構成され、ドラマパートで瀧山さまを演じておられたのは、あの草刈民代さん。

彼女もクールで凛として、気品があってイメージぴったり!

そして、彼女がなぜ「できるビジネスウーマン」だったのか、番組を見ていてわかりました。

1 非常事態でも任せて安心

まず、江戸城の火災や将軍の結婚など、非常事態の際には彼女が陣頭指揮を執りました。

大きなプロジェクトを達成するためには、プロジェクト成功までのプロセスを論理的に考える知識力やリーダーシップ、意思決定力、さらには部下に自分の気持ちを分かってもらうプレゼンテーション能力も必要なのでは?

火災からの復興や、家茂と和宮とのロイヤルウェディングなど、ものすごいプロジェクトを成功させた彼女に、たくさんの小判や贈り物があったのもうなずけます。

2 政治力や調整力がすごい

彼女は、いろいろな人から相談事を持ちかけられることもありました。

この問題は、まず誰に相談したらスムーズに進むだろうかと考える力もあるし、自分が仕えている徳川家や大奥は、全力で守っていました。

時には幕府の命令を覆したり、普通に考えたら「悪者」間違いなしの人物(大塩の乱の原因を作った大坂町奉行)でも、徳川家に近い人物(将軍生母の一族)だと、出世に手を貸したり。

日本近世史の大石学教授を中心とするチームが、いろいろな史料と「瀧山日記」を照らし合わせる中で、このような舞台裏が明らかになりました。

徳川家斉や徳川慶喜については、とても厳しい目で見ていたようです。

大河ドラマで学び直せる日本史 嫌われ斉昭とその子慶喜(『西郷どん』第14話)

2018.04.22

養父の島津斉彬から、慶喜を14代将軍にするべく輿入れしてきた篤姫にも、彼らの悪口をさんざん言うなどしたため(慶喜も性格がよくなかった?!)、結果的に篤姫は、養父の期待に副うことができませんでした。

あの賢君・島津斉彬が見込んだ聡明な篤姫さえ、心変わりさせてしまった瀧山さまの実力はすごい!

そして篤姫や和宮と、贈答品をやり取りしながら、いい関係を築いていったのですね。

3 共感力が高い

瀧山さまには10人の侍女(部屋子)がいましたが、彼女たちが病気の親を見舞ったり、里下がり(休暇で実家へ帰る)する際などには、いつもお土産を持たせていました。

今回の番組のドラマパートでは、伊藤修子さん演じる「仲野」という侍女しか登場しませんでしたが、とてもいい関係で、ほほえましかったです。

退職する同僚のために、自ら手焼きせんべいを作り、使者となる侍女にも食べさせるなんて、とても気が利いています。

江戸時代と現代では、贈答に対する感覚は違うとは思いますが、贈答を大切にするというのは、他人とのつながりを大切にする方法の1つですね。見習わねば。

個人的には、「同じ贈り物を贈ったことがない」という、ゲストのIKKOさんにも驚かされました。

お茶目なところもある瀧山さま

面白かったのは、瀧山さまにもお茶目な一面があるということ。

他の人よりも贈り物が多かった!と喜んだり、くじ引き大会(「宝引き」)に興じたり、天璋院(篤姫)さまからのお招きに喜んだり。

御台所からの衣類のおさがり(納戸払い)も、瀧山さま始め、大奥の女中一同がとても楽しみにしていた一大イベントだったんですね。ファッションショーが良かったです。

でも、対抗勢力(酒乱を注意して逆切れした将軍家茂の生母・実成院)から二度も殺されかけるなど、大奥ではストレスが溜まることもいっぱい!

篤姫と和宮の対立も、さぞ瀧山さまを悩ましたことでしょう。

たまには大いに楽しんで、息抜きもしないとね!

引退後の瀧山さま

15代将軍に、自分と対立していた徳川慶喜が就任することとなり、瀧山さまは大奥を辞したと考えられています。

引退後は、侍女の仲野の実家のある川口へ移り、夫婦養子をとって「瀧山」家を興しました。今でも子孫がおられます。

大奥勤めの時には叶わなかった、家族のいる生活。

でもその家族に「瀧山」姓を名乗らせたのは、大奥での生活に誇りを持っていたからでしょう。

日記に書かれた贈り物の中には「眼鏡」という品物もありました。

瀧山さまは、眼鏡をかけながら自分の贈答日記を見直し、大奥での日々を懐かしんでおられたのでしょう。

西南戦争の前年、1876(明治9)年、72歳でお亡くなりになりました。

瀧山日記の第一発見者もすごい!

瀧山さまの人生にも、改めてすごいな!と感心したのですが、瀧山日記の発見者にも驚かされました。

川口市郷土史会副会長の畦上(あぜがみ)百合子さん。

80代前半とはとても思えない若々しさで、熱心に研究を続けておられます。

番組の舞台裏も、お話されていました。

瀧山さまも、畦上さんも、素敵な女性で見習いたいです。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です