雨のクラクフ早朝散歩2 ヴァヴェル城とカジミエシュ地区

スポンサーリンク



2019年4月30日(火)は平成最後の日。今朝は雨の中、早朝のクラクフ観光に出かけました。

雨のクラクフ早朝散歩1 バルバカンと聖マリア教会のラッパ 中世の光と影

2019.06.17

早朝に訪れたのは、この日が移動日で、10:25クラクフ発の列車に乗る必要があるためです。

中央広場で聖マリア教会の時報のラッパ「ヘイナウ・マリアツキ」を聞いた私たちは、歴代ポーランド王の居城だったヴァヴェル城を訪れることにしました。

広場の片隅にある、緑の屋根のかわいい教会・聖ヴォイチェフ教会(別名聖アダルバート教会)の脇の道を通れば、ヴァヴェル城までは迷わず行けます。この教会は、クラクフ最古の教会だとか。

ヴァヴァル城とヴィスワ川

中央広場から、徒歩15分ほどで、ヴァヴェル城に到着です。

城壁の中には、ヴァヴェル大聖堂や旧王宮(いくつもの博物館に分かれている)などの建物がありました。

私たちは、朝の8時頃に訪れたので、内部の拝観は無理でした。とても残念。

中庭も、雨のせいか暗くて、ちょっと寂しい。

城壁のそばにあるのは、ヴィスワ川。

[karen postid=”18841″]

ヴィスワ川と言えば、ワルシャワの人魚伝説で紹介した川ですが、ここも流れているのですね。

ワルシャワはヴィスワ川の中流、クラクフは上流になるそうです。

雨なのに、スタンドアップパドルボートを楽しんでいる人たちがいました。楽しそう!

ユダヤ人街 カジミエシュ地区のシナゴーグ

最後に訪れたのが、ヴァヴェル城の南東にあるカジミエシュ地区。

映画「シンドラーのリスト」のロケ地としても知られるユダヤ人街です。

カジミエシュ地区とは、1335年、当時ヨーロッパで迫害されていたユダヤ人保護のため、カジミエシュ大王がクラクフとは別に造った街。

カジミエシュ大王は、当時迫害されていたユダヤ人の保護に熱心に取り組んだ国王です。

もともとユダヤ人街として造ったわけではなかったようですが、15世紀以降、多くのユダヤ人が住むようになり、商工業の発展に寄与しました。

私たちがまず訪れたのは、テンペル・シナゴーグ。

とても美しい外観です。19世紀に建てられたというから、まだ新しいですね。

内部も美しいようなのですが、9:00からの開館時間なので、私たちは見学できませんでした。

あともう1つ、訪れたのがレム・シナゴーグ。

ここも9:00からの拝観で、私たちは涙をのみました。それにしても、門の装飾が美しいですね。

黒い衣服に黒い帽子をかぶった、超正統派のユダヤ教徒の男性が、門の前におられました。

この辺りは広場のようになっていて、時間があれば立ち寄りたい店ばかり。

この辺りの地図です。

レム・シナゴーグの近くには、ベンチに座った男性の銅像がありました。

気になるのは、美しい花が供えられていること。

ユダヤ人を大量虐殺する強制収容所の存在を、連合国側に報告したポーランドのレジスタンス戦士として?!知られる、ヤン・カルスキの像でした。

クラクフ名物の1つにも、ユダヤ文化の影響?!

「クラクフ式オブヴァジャーネック」という、クラクフの伝統的な屋台売りの軽食がありました。

オブヴァジャーネックとは「一度茹でてから焼いたパン」の意味で、ベーグル(パンの一種)の原型の1つとも言われ、市内でライセンスを取得したパン屋だけが製造販売できるそうです。

ホテルへ戻る途中、この屋台を発見して、早速購入。

食べやすくてとても美味しかったです。塩だけの素朴な味で、夫はとても気に入っていました。

無事に観光を終えてホテルに戻り、荷造りをして、スロバキアの首都・ブラチスラヴァへ向かいます。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です