京都刀剣御朱印めぐり3 建勲神社

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2019年11月3日(日)、京都刀剣御朱印めぐりに行きました(藤森神社を除く)。

京都刀剣御朱印めぐり2 粟田神社・鍛冶神社・相槌稲荷神社

2019.11.10

京都刀剣御朱印めぐり1 豊国神社

2019.11.09

いよいよ最後の建勲神社へ向かいます。

11月3日 東山三条駅周辺で気づいたこと

粟田神社から建勲神社へは、まず地下鉄で東山駅から北大路へ移動です。

粟田神社から地下鉄の駅までは徒歩7分ほど。

白川沿いに、柿の実が色づいていたりして、秋の訪れを感じます。

ところが気になっていたのが、とても人通りが多いこと。しかも時折、喪服の人々も混じっていました。

どうしたんだろう? 何があったのかな?と思っていたら、この案内板を見て全て納得。

株式会社京都アニメーションの「お別れ そして志を継ぐ式」が、この近くの京都市勧業館(みやこめっせ)で開催されていたのでした。思わず心の中で黙とう。

粟田神社から建勲神社への行き方

まず、東山駅から地下鉄5分で烏丸御池駅へ。ここで東西線から南北線に乗り換え、更に8分ほどで北大路駅到着。

北大路駅前のバスターミナル(駅から徒歩約3分)から、市バスで「建勲神社前」へ向かいます。

204,205,206系統に乗ってください。乗車時間は約6分ほど。

そこから徒歩約9分で、建勲神社到着です。

北大路通りには、立派な石碑も建っていました。

建勲神社とは

主祭神は織田信長。建勲神社は正しくは「たけいさおじんじゃ」なのですが、皆「けんくんじんじゃ」と呼んでいます。

「日本が外国に侵略されなかったのは、天下統一をめざして日本を一つにまとめた信長のおかげ(!)」として、明治天皇により建立されました。それにしても、明治らしい理由ですね。

元々は信長の子孫の邸内(東京)と、子孫の領地(山形県の庄内藩)に神社が建立されたのですが、やがて豊臣秀吉によって信長の墓所と定められた京都・船岡山に移転。

それが現在の船岡山なのです。

秀吉と信長という、2人の天下人を祀った神社(しかも2人とも、神様になりたかった)を1日で参拝するのも面白いですね。

船岡山を登る

船岡山にある建勲神社に参拝する場合、この石段を上ります。

粟田神社にも少し石段があったけれど、こちらの方が断然きつい。

上ったところにあるのは、出居清太郎夫妻によって建立された「大平和敬神」の神石。信長にふさわしい言葉なのかな?とちょっと考えてしまいます。

これで終わったと思うなよ~!みたいな感じで、またまた石段出現。

この表参道は急な石段が続くため、それを避けるなら京都市バス船岡山バス停から徒歩で北参道を進むのがいいそうです。

やっと頂上に到着。境内はこんな感じなのですね。

やはり信長と言えば謡曲『敦盛』の一節。和歌や連歌は嗜まなかったのかな?古典的教養に通じる明智光秀とは、趣味が合わなかったのかな?

本殿です。

祭神が織田信長なので、国家安泰・難局突破・大願成就にご利益があるのだとか。

こちらは拝殿です。

建勲神社の御朱印と薬研藤四郎

建勲神社の御朱印はこちら(300円)。

いつもは書いていただけるそうですが、今日は参拝者が多く、書置きのみとのことでした。

その理由はこれ。

『刀剣乱舞』にも登場する(BS朝日の『京都ぶらり歴史探訪 刀剣 秘められた真実』でも紹介されていた)信長の愛した刀・薬研藤四郎(やげんとうしろう)の再現刀が公開されているのです。

だから、多くの人が参拝に来ていたのでした(七五三にしては変だと思った)。

無料で薬研藤四郎が拝見できるとあって、私たちも大喜び(写真撮影可)。

本物は信長と共に本能寺の変で失われた(行方不明)と言われていますが、信長の家臣の縁故者が奉納を申し出、残されている絵図をもとに福島の刀匠・藤安将平氏(71歳)が作られました。

刀身の柄に覆われる部分の「なかご」に吉光の銘があり、刀身が鞘(さや)から抜けないようにする「はばき」に織田家の家紋「木瓜」をあしらっています。

そしてこれが、薬研藤四郎の御朱印。書置きのみで600円でした。

愛用しているアプリ「御朱印マップ」によると、建勲神社には、他にも刀剣の御朱印がありそうです。粟田神社同様、また別の機会に行ってみたいです!

義照稲荷神社・稲荷命婦元宮

建勲神社の境内には、末社として、義照(よしてる)稲荷神社と稲荷命婦(みょうぶ)元宮が祀られています。

奈良時代、船岡山を中心として渡来人秦(はた)氏により、五穀豊饒織物工芸の稲荷信仰が盛んに広められ、現在の末社・義照稲荷社の発祥となりました。

現在も、秦氏の守護神、そして西陣織の祖神として信仰を集めています。

一方、稲荷命婦元宮は、伏見稲荷大社命婦社の親神「船岡山の霊狐」を祀るとされています。

伏見のお稲荷さんの元宮であり、又、秦氏の守護神として今日の西陣織の祖神をなしているのだとか。御朱印も頂きました(書置きのみで300円)。

「女人守護」と書かれているのがいいですね。

もしかしたら、西陣織作業から「女人守護」になったのかもしれません。私は機織りも全くできないけれど、それでも守ってくれるかな。

というわけで、藤森神社以外を9時前にスタートして、12時過ぎには建勲神社の参拝を終えることができました。

またいつか、他の年に、他の刀の御朱印も頂きたいです。

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