2022年12月30日(金)、福江島2日目です。この日は終日、五島タクシーの中野運転手に、島内を案内していただきました。
魚津ヶ崎公園に建つ碑
最初に訪れたのは、堂崎天主堂や楠原牢屋跡など、潜伏キリシタンに関係ある場所だったのですが
実は福江島は、潜伏キリシタンや教会群だけでなく、遣唐使ゆかりの場所としても有名。
前回紹介したカトリック水ノ浦教会に行く途中、魚津ヶ崎(ぎょうがさき)公園にも立ち寄っていただきました。
西海国立公園内に位置するこの公園に、「遣唐使船寄泊地」の碑が建っています。
魚津ヶ崎公園やカトリック水ノ浦教会が望む白石湾は、遣唐使船が飲料水などの最後の補給を行い、風待ちをして、順風となれば一挙に東シナ海を横断すべく船出した場所。
この景色を、彼らはどんな思いを込めて眺めたのでしょうか。
海から吹き付ける風が強いのか、木の枝がねじけていたのも印象的でした。
ちなみに、NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』で、子供時代の主人公が五島の人々と巨大なバラモン凧を飛ばした場面はここで撮影されたと運転手さんが教えてくれました。
道の駅遣唐使ふるさと館で、遣唐使と三井楽町について学ぶ
次に私たちが目指したのは、道の駅遣唐使ふるさと館。長崎県で初めて、離島にできた道の駅です。
そこに行く途中、突然道沿いに遣唐使船が現れました。
白良ヶ浜万葉公園に設置されている、遣唐使船を模した展望台だそうです。万葉の歌碑もあるのだとか。
道の駅遣唐使ふるさと館は、その白良ヶ浜近く(五島市の三井楽町)にありました。
三井楽(みいらく)町のある三井楽半島は火山でできているそうです。
鬼岳(おんだけ)の成り立ちで知った「スコリア丘」という言葉が、この解説板でも出てきました。同じ成り立ちなんですね。
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』に出てきたバラモン凧も、あちこちで見ることができました。
レストランや五島の名産品販売コーナーなども充実しているのですが、
やはり遣唐使や、三井楽町の歴史を紹介したコーナーは見ごたえがあります。
日本の最果てと認識された三井楽町はこの世とあの世の境目でもあり、「みみらくの島」と呼ばれ
亡くなった人に会えるかもしれない場所、異界との境界だと、古代には認識されていました。
辞本崖の碑
道の駅遣唐使ふるさと館で学んだあとは、もっとも有名な留学僧の1人・空海にちなむ辞本崖(じほんがい)の碑へ。
三井楽半島先端の柏崎公園内にあり、柏崎灯台も近くにあります。目の前の島は「姫島」という無人島。
「辞本崖」というのは、日本の最果ての地を辞す(去る)という意味の空海が残した言葉だそうです。
もうこの先は、東シナ海しかありません。ほとんど日本の最西端です(今の最西端・与那国島は日本に帰属していませんでした)。
この時(804年)の遣唐使ルートは、航海期間が最短だけれど最も危険な東シナ海を横断する「南路」。昔は新羅との関係が比較的良好だったため、対馬から朝鮮半島沿岸を通る「北路」を利用していましたが、新羅との関係が悪化し、北路は使えなくなりました。
そのため遣唐使は、命がけの航海を強いられることになります。
今の宇宙飛行士よりも、もっと危険な旅に赴く空海たちの気持ちはどんなだったことでしょう。
『万葉集』に収録された、遣唐使として旅立つわが子を思う母の歌の碑もあります。
彼らの勇気と、戻ってこられなかった人たちの無念、そして送り出す人々の気持ちは、今でも十分伝わってきました。
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