豊川稲荷は神社ではなく、寺院だった!
2022年5月5日(木)、愛知県豊川市にある三河一宮の砥鹿神社(とがじんじゃ)を参拝した私たちは
同じ豊川市にある、豊川稲荷へと向かいました。
三河一宮駅から、JR飯田線でわずか一駅(豊橋方面)の豊川駅が最寄り駅。
現在の豊川市中心街は、豊川稲荷の門前町として発達したとのことで、駅構内にも狐のオブジェ。ちょっとかわいい。
豊川駅からは、10分ほどで豊川稲荷に到着です。
ところで私は関西人で、「〇〇稲荷」というとまず、京都の伏見稲荷を思い浮かべるのですが、京都の伏見稲荷大社も、近所の稲荷も神社です。
なので豊川稲荷も神社だと思っていました。
でも豊川稲荷は、神社ではなくて寺院だと知ってびっくり!
禅宗の一派である曹洞宗の寺院で、妙厳寺(みょうごんじ)という正式名がありました。お寺らしく鐘楼堂もありました。
この山門は、なんと三河を支配していた今川義元が寄進したもの。徳川家康も、豊川稲荷を崇敬していたのだとか。
春季大祭(豊年祈願祭り)の豊川稲荷
私たちが訪れた日は、ちょうど春季大祭(豊年祈願祭り)の日で、
参詣者も多く賑わっていました。
まだコロナ禍の影響が残る中、多分簡素化されていたとは思うのですが、日本舞踏や
音楽の奉納などがあり、私たちもついつい見入ってしまいました。今年(2023年)の春季大祭の様子は、こちらをご覧くださいね。
吒枳尼天と霊狐塚
豊川稲荷の本殿です。ここに秘仏の「豊川吒枳尼真天(だきにしんてん)」が祀られています。
「豊川吒枳尼真天」とは、鎌倉時代の禅僧・寒巌義尹(かんがんぎいん)が中国へ留学して帰国する際、海上で加護してくれた仏。
寒巌義尹が自ら彫った吒枳尼真天の姿は、白狐の背に乗り、稲束をかついで宝珠を持ち、岩の上を飛ぶ天女の形で、これが稲荷神と同一視されるようになりました。
本殿から奥の院へは、おびただしい数の幟が奉納されていました。
伏見稲荷には「千本鳥居」がありますが、豊川稲荷は「千本のぼり」が、幻想的な光景を造っていました。
境内の奥まった一画には「霊狐塚(れいこづか)」がありました。
もとは納めの狐像を祀る場所でしたが、
祈願成就の御礼として信者の奉納した
大小、多くのお狐さんがお祀りされており、その数はおよそ一千体にものぼるのだとか。
これだけの数の願いが叶えられたのかなと思うと、さぞご利益があったのだなと実感できますが
願いの数のすさまじさに、たじたじになりました。やはり何か「気」のようなものがありそうな感じです。
大黒様を撫でてご利益を
豊川稲荷には、吒枳尼真天を祀るだけでなく、大黒天を祀る大黒堂もありました。
お堂の前には、2体の大黒天が安置されていました。
大黒天の真言「オンマカキャラヤソワカ」と唱えながら、像を撫でさすることによって、広大無辺の仏のご利益をいただくことができるのだとか。こちらも吒枳尼真天同様、とても人気を集めていました。
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