冬の室戸岬2  青年大師像と御厨人窟  弘法大師空海ゆかりの地を訪ねて

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日本一の弘法大師像が室戸岬に!

2023年12月28日、1日1本しかない徳島バス大阪発室戸岬行のバスに乗り、6時間かかって何とかバス停「大師像前」に到着した私たち。

冬の室戸岬1  大阪から1日1便の徳島バス(室戸・生見・阿南-大阪線)で室戸岬へ! 

2024年1月4日

バスを降りると、さっそくバス停の名前の由来となった、白亜の巨大な弘法大師像が見えました。

この像があるのは、バス停からも近い「明星来影寺(みょうじょうらいえいじ)」という寺院。

バス道に面して、カラフルな仁王像も立っています。今日は色々行きたいところがあるので、この寺院には立ち寄りませんでしたが、なかなか迫力ある巨像でした。下部の基壇を含めて像の高さは21mで、この室戸岬で厳しい修業の末に悟りを開いた時期の空海です(「青年大師像」)。厳しい修業をされたせいか、なかなか厳しいお顔でした。

建立されたのは、弘法大師入定1150年の1984(昭和59)年。日本最大の弘法大師像として、室戸岬に建立されました。室戸岬の厳しい気候にも耐えられるよう、鉄骨を主軸として塩害に強いニューセラミックで仕上げをした像です。

「空海」の名を得た御厨人窟へ  空海が見た風景はもう見られない

青年大師像を素通りしたのは、空海が悟りを開いた「御厨人窟(みくろど)」と室戸岬の観光を優先させたかったからです。

その「御厨人窟」は、バス停「大師像前」から徒歩5分。バス道を歩いていると、すぐに見つかりました。

途中には、ビシャゴ岩という奇岩もあります。実は室戸岬には、このような奇岩がいっぱい!

さて「御厨人窟」に行ってみると、洞窟が2つある!(拝観料無料) 両方とも落石の危険があるということで、鉄製防護屋根が設置されています。

案内板によると、向かって左の洞窟が狭義の「御厨人窟」で、空海が生活していた場所でした。

とても天井が高い洞窟で、祭壇も立派。「五所神社」として大国主神が祀られているそうです。

写真がうまく撮れなかったけれど、昔はこの洞窟からは、空と海しか見えなかったのだとか。そのため平安時代初期にここで修業していた讃岐生まれの天才・佐伯眞魚(さえきのまお)は、「空海」という法名を付けました。その後、繰り返し起こった巨大地震(怖!)によって地面が2mも隆起し(今でも年間数mmずつ隆起している!)、現在は空と海の間に、道路や駐車場という余計なものが見えています。「空海の風景」を私たちは見ることができないなんて、少し寂しいですね。

空海が悟りを開いた神明窟

右側の洞窟は「神明窟」と呼ばれ、空海が「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」(一定の作法に則って真言を百日間かけて百万回唱える)という、厳しい修業をしていた場所。

こちらには、大日孁貴(おおひるめのむち)=天照大神を祀る神明宮がありました。

ここで虚空蔵求聞持法を行っている最中に、空海の口に明星=虚空蔵菩薩の化身が飛び込み、このとき彼は悟りを開いたのです(19~24歳の間の青年期)。

ここの洞窟は天井が低く、手で触ることができます。空海が悟りを開いたという歴史的瞬間を、この岩や洞窟も見ていたんだなと思うと、もう感無量。

それにしてもなぜ空海は、この室戸岬を修行の地に選んだのでしょうか。なぜ足摺岬など、他の場所を選ばなかったのかな? 手ごろな洞窟があったから? 足摺岬よりも都に近かったから? 大地のパワーを感じたから?

この時期の空海の行動は記録になく、室戸岬のパワーも空海のことも謎だらけ。この旅で、室戸岬のパワーを感じることができるかな?

司馬遼太郎さんの『空海の風景』を、また読んでみたくなりました。

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