托鉢の僧侶 京都とルアンパバーンの違い
2025年12月30日(火)、ルアンパバーン2日目です。夜明け前から行われる僧侶の托鉢(たくはつ=僧侶が信者からのお布施を求めて町を練り歩く行事)を見学するため、まだ皆が寝静まっている暗い宿を出て、5:30頃、昨夜ナイトマーケットが開催されていた繁華街にやってきた私たち。
5:40頃、橙色の袈裟をまとった僧侶の一団が現れました。
私たちは数年前、京都の松尾大社近くで、雲水のお坊さんたちが数人休憩しているのを見たことがあるのですが、本格的に喜捨を求めて托鉢をしているところは、まだ見たことはありません。NHKドラマ『京都人の密かな愉しみ』で見た、宇治の興聖寺の雲水さんたちは、黒い袈裟を身にまとい、5~6人くらいで列を作って歩いておられました。
ルアンパバーンの托鉢の列は、もっと人数が多い!ベテランの僧侶から、青年、そしてまだ子供の僧侶まで、色々な年齢層の方々がいるようです。そして京都の雲水さん達は、「法~(ほ~)」という低い読経の声を響かせながら歩くようなのですが(ドラマで見ただけ)、ルアンパバーンの托鉢僧侶たちは、無言で歩きます。供物を捧げる人々も無言です。日本でも、雲水さんにお布施をお渡しするときは、互いに無言。こういう点は、共通しているのですね。
なお、托鉢は「今日一日の食事を信者から頂く」というラオス仏教の重要な儀式なので、撮影はフラッシュ厳禁。僧侶から3m以上離れて静かに見守るというマナーがあります。フラッシュはさすがにいなかったけれど、3mルールを破っている人を時々見かけました。
私たちも夜から早朝は寒かったのですが、托鉢の僧侶の中にも寒いと感じる人はいるようで(大体彼らは、托鉢の時は裸足です!)肩掛けをしている僧侶が時折いるのも、人間味があって良かったです。
供物を捨てているわけではない
ルアンパバーンで托鉢を行う僧侶たちは、皆、金属製の鉢を抱えていて
托鉢体験をしたい観光客たちは、購入した供物(カオニャオという糯米や、お菓子など)を鉢の中に入れていきます。本来なら地元の人々も、托鉢の僧侶たちに供物を捧げるのですが、京都の中心部と同様、ルアンパバーンでも町が空洞化して住民は減っているとか(土地や家を売って郊外へ移転)。その分の埋め合わせを、観光客が行っているそうです。
ルアンパバーンの托鉢僧の中には、キャリーバッグを持っている人もいてびっくり。供物を入れるようです。
喜捨された供物を、道に置かれたバケツに入れている僧侶もいます。一見すると、供物をごみ箱に捨てているのではないかと誤解されやすいのですが、自分たちの食事以上の供物を頂いた場合、僧侶たちは貧しい人々(子供たちなど)へ供物を分けてあげるのだとか。このバケツは、そのためのものでした。
クリスマスツリーが華やかな外資系ラグジュアリーホテル(AVANI+)の前も、
托鉢僧は通ります。
その近くで、椅子に座らず、ひざまずいて僧侶に供物を捧げる人々は、地元の人たちかな。ちょっと感動。
あちこちで托鉢の列を見ることができたのですが、
「古都」の風情を求める多くの観光客と、オーバーツーリズム問題で揺れるルアンパバーンの人々の様子を、少し垣間見たような気がしました。この悩みは万国共通かも。
昨日ルアンパバーン国際空港で見たポスター。まずは相手の文化や伝統を理解し、尊重するということでしょうか。





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