大河ドラマで学び直せる日本史 留守政府の西郷どん その実態2(『西郷どん』第43話)

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今回も前回の続きで、東京で活躍していた西郷隆盛の実態について、紹介していきます。

大河ドラマで学び直せる日本史 留守政府の西郷どん その実態1(『西郷どん』第41~42話)

2018.11.14

ドラマでは描かれないところや、真実と違っているのでは?と感じるところもあり、特に明治になってからは、政治が複雑に絡んでいるから、ドラマにするのは難しいのかな?

菊次郎の留学は、大久保に刺激されたから?

ドラマでは、西郷菊次郎がかわいい、洋装姿になってもかわいいと評判になってるようですね。

1872(明治5)年に、11歳の菊次郎を農学修業のため、アメリカに国費留学させています。

岩倉使節団には大久保利通の長男と次男が加わっており、西郷も息子の将来を考えて、アメリカ留学をさせたのかもしれません。

でも菊次郎1人では心配だったのか、妹の琴の次男・市来宗介を同行させています。

津田梅子(8歳で岩倉使節団の女子留学生として渡米)の両親が知ったら、何と思うでしょうか。

また、市来宗介や琴の気持ちもあまり考えていないような。

琴さんは、(ドラマでもそうだけれど)留学に反対していたかもしれませんね。

お金の使い道に無頓着だった西郷どん 派閥誕生の原因か?!

西郷隆盛は、明治政府の高官の中でもトップクラス。

1873(明治6)年には、参議兼陸軍大将となっています。

薩摩藩出身者の中で参議になったのは、西郷だけでした(薩長土肥から参議は1名ずつ)。

当然給与も高く、月給500円。

と言っても、今の貨幣に換算してみないとイメージがわきませんね。

現在の貨幣価値にしていくらか?という問題にはいくつかの説があるのですが、当時の1円が今の2万円という説に従えば、西郷の月収はなんと1,000万円!

しかし彼の暮らしは、月に15円(=30万円)で充分でした(犬購入費を除く)。

西郷は、政府へ返納を申し出たそうですが聞き入れられず、同郷の近衛兵たちに小遣いとして与えていました。

始末に困るくらいなら、菊次郎と市来宗介を、私費留学生待遇で渡米させてもよかったのではないかな?

ただでさえ新政府は、この時期財政が苦しいのです。

大隈重信辺りに耳打ちして、「使いきれなくて困っている」と言えば、うまく計らってくれるような気もするのですが、どうでしょう?

そしてとても気になるのが、自分の家を訪ねてきた近衛兵たちに、小遣いとしてお金を与えていたこと。

どうやら西郷は「人望」に弱く、部下から慕われたくて、彼らに小遣いを与えていたようなのですが、こんなことしていると、後々どうなるか、彼は考えなかったのでしょうか?

結果的に近衛兵は西郷を慕い、彼が政府を辞めると、彼らも東京を去ることになるのです。

同じ薩摩出身でも、西郷派と大久保派ができてしまい、なまじ関係が近いだけに、西南戦争では憎悪も深くなってしまったと聞きました。

維新の功労者に与えられた章典禄(ボーナスにあたる)は全額寄付し、永田町に集義塾という士官学校を設立した西郷ですが、普段の月給の使い道も、もう少し考えたらよかったかなと思いました。

征韓論と遣韓論

これについては、最近、西郷隆盛解説本だけでなく、新聞などでも紹介されているので、ご存知の方も多いかもしれません。

西郷隆盛は、朝鮮に出兵しようとしたのではなく、朝鮮に使節を派遣するつもりだったから、遣韓論というべきだという主張です(征韓論は、板垣退助が唱えていました)。

まぁ「征韓論」「遣韓論」という名前は別に紹介しなくても、ドラマ上問題はないのでしょうが、もう少し朝鮮との外交問題の背景や根深さを(木戸孝允も最初は征韓論者だった)、紹介してほしかったと思います。

古文書に詳しい磯田道史先生が時代考証をされているのですから、当時の朝鮮にいた日本人居留民の実情なども、リアルに詳しく紹介すれば、西郷の心情などもわかるのでは?と思ったりしました。

それにしても、日本人居留民が何人いるのかわかりませんが、「民を見捨てられない」という西郷どんには、ちょっと違和感。

「戦の鬼」になって戊辰戦争を引き起こし、多くの人たち(武士だけでなく、巻き添えを食った民衆もいるはず)を殺してしまった西郷どんが、それを言うかな?

三条実美の苦悩

岩倉使節団の帰国により、征韓派と内治優先派との対立は、新政府の中で最高位である太政大臣・三条実美(さんじょうさねとみ)を板挟みにしました。

とうとう三条はストレスのあまり倒れてしまい、太政大臣代理になった右大臣・岩倉具視が明治天皇を動かして、西郷の朝鮮派遣を無期延期としてしまったのでした。

西郷どんは彼を「扇の要」と言っているけれど、それは彼の調整能力のことを言っているのでしょうか。

もともと三条は温和な人物だったようですが、ドラマのような描かれ方をしたら、子孫の方はどう思われるかな?と少し心配。

やっぱり複雑な明治のドラマを、3カ月弱でやるのが無理があるのかな。

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