まだまだ知らない東京を見て歩く10 湯島天満宮から旧岩崎邸庭園へ

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2022年10月9日(日)、山王日枝(さんのうひえ)神社から赤坂の氷川神社まで歩いた私たちは、

まだまだ知らない東京を見て歩く9 山王日枝神社から赤坂氷川神社へ

2022年11月3日

地下鉄で湯島へ行き、後半の街歩きスタートです。

受験生で10月も満員! 湯島天満宮

最初の目的地は、湯島天満宮。地下鉄湯島駅からは徒歩2分くらい。

初めて参拝するので、大鳥居や

唐門のある方から入ってみました。

門扉には、梅の紋や

天神信仰と深く関わる牛の文様(道真は丑の日生まれで丑の日に死去。棺を載せた牛車が停まって動かなくなった場所を墓所にせよとの遺言を残す)もありました。

まだ10月だというのに、受験生らしき若者とその家族で神社はなかなかの盛況。東京大学本郷キャンパスの近くにあるため、東大合格祈願に訪れる人も多いのでしょう。

徳川家康も篤く崇敬した湯島天満宮は、江戸時代にはたくさんの人が訪れ、富突(今の宝くじ)も幕府の許可があり、熱狂した群衆であふれていたそうです。

これは奇縁氷人石。「氷人」とは男女の仲を取り持つ仲人の意味でよく使われますが(月下氷人)、この石は迷子になった子の親や迷子を見つけた人が、子供の名前を書いてこの石に貼っていました。今の「掲示板」かな。

湯島天満宮の御朱印(500円)。知恵を少しでも天神様に分けてもらいたいものです。

旧岩崎邸庭園

次の目的地は、重要文化財の「旧岩崎邸庭園」。1896(明治29)年、三菱第3代社長・岩崎久弥(三菱の創業者である岩崎弥太郎の長男)の本邸としてつくられました。完成当時は現在の3倍もの広大な敷地だったそう(入館料400円)。

旧前田邸同様、終戦後にGHQに接収されています。ちなみに、赤坂氷川神社に隣接する三井本邸は空襲で焼失し、戦後その跡地はアメリカに接収され、現在も「アメリカ大使館三井山宿舎」として使用されています。

残念ながら、内部の写真撮影はできませんでしたが、旧前田邸洋館をほうふつとさせる素敵な洋館。

まだまだ知らない東京を見て歩く2 旧前田侯爵家本邸・洋館で「東洋一の大邸宅」を体感!

2022年10月27日

ここも外国人や賓客を招いてのパーティや、年に1回の岩崎家の集まりなどに利用される、三菱の迎賓館として利用されたとか。一方、昨日訪れた清澄(きよすみ)庭園は、岩崎弥太郎が三菱社員の慰労や貴賓を招待する場として造成したもの。今回の旅行では、三菱にもご縁があるようでした。

まだまだ知らない東京を見て歩く7 清澄庭園から横網町公園へ 

2022年11月1日

設計は鹿鳴館やニコライ堂などを設計したお雇い外国人のジョサイア・コンドル。ちなみにコンドルの弟子が、東京駅や日本銀行本店旧館、奈良ホテルなどの設計で知られる辰野金吾です。

ビリヤードのできる別棟の撞球(どうきゅう)室。

これもコンドルの設計で、当時の日本としては非常に珍しいスイス山小屋風の造りです。

洋館とは地下通路でつながっています。残念ながら地下通路は非公開ですが面白そう!

旧前田邸同様、和館もありました。完成当時は、洋館をはるかにしのぐ規模だったそうです。

庭園は和洋併置式で、一部大名屋敷の形式を踏襲しているのだとか。

旧岩崎邸庭園も、激動の時代を潜り抜けていた!

終戦後、岩崎久弥一家は千葉県富里市に転居し、GHQに接収された旧岩崎邸は占領終結後に日本政府に返還され、のちに重要文化財になりました。

しかし和館の大部分は撤去され、司法研修所庁や分譲マンション、結婚式場などの建設に充てられたのです。

2001年に東京都に移管され、都立公園として開園しました。

以前は自由に邸宅内部の撮影ができていたようですが、大河ドラマ『龍馬伝』で紹介されてから人気が高くなり、撮影中の事故防止や文化財保護のため(住宅内部を傷つけないため)、混雑が予想される土日祭日や無料開園日は、撮影不可となっています。私たちは日曜日に訪れたため、撮影することができませんでした。

もしどうしても邸宅内部を撮影したい!と思うなら、平日を狙って、マナーを守って撮影してくださいね。

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