三十三間堂は仏像以外も見どころあり!(前編)  後白河法皇の夢の跡

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三十三間堂の外も歩いてみよう

2025年5月22日(木)、京都国立博物館で開催中の特別展『日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―』を見学することができました。

京都国立博物館『日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―』展に行ってみた

2025年5月24日

博物館鑑賞後、京阪七条前の「ラーメンの坊歩(ぼんぼ)七条本店」で昼食を摂った後は

京都国立博物館見学の後は、ラーメンの坊歩七条本店へ  外国人観光客にも人気

2025年5月25日

もう帰るのかと思ったら、夫が、せっかく来たのだから、近くの三十三間堂に行こうと提案しました。11年ぶりの三十三間堂の本堂内部もとても素晴らしかったのですが

11年ぶりの三十三間堂  仏像の素晴らしさはそのままに、随所で進化していた! 

2025年5月26日

本堂外観や境内も、じっくり見てみるとなかなか面白いのです。

元々この場所には、後白河上皇が建てた離宮(東山のふもとから鴨川岸までの広さ)があり、三十三間堂もその離宮内の寺院として建てられたもの。寺院だけでなく、院政を行う政庁もありました(上はその政庁「法住寺殿」址の石碑)。後白河上皇(のち法皇)は、ここに約20年間過ごしていたのだとか。

2021年に保存工事が完了した庭園は、史料を基に、往時の姿をできるだけ再現したそう。

この時期は、ショウブが美しく咲いています。

庭園の中にある「法然塔」は、後白河法皇13回忌に、音曲に秀でた僧を伴った法然が、法要を行ったことを記念する石塔。左側の石塔には「南無阿弥陀佛」と刻まれていました。

巨大な建物 三十三間堂本堂

三十三間堂の本堂内部は、残念ながら撮影禁止ですが、国宝の本堂は、外から撮影し放題。

でも、普通に撮影しただけでは、なかなか全景が映りません。

色々と角度を変えてみて

やっと、長さを感じられる?写真を撮影することができました。こんなにすごい建物と、そこに安置された数多くの仏像を後白河上皇に提供した平清盛は、ものすごい億万長者だったのです。

一歩間違えれば怪談に! 夜泣泉の歴史

法然塔の近くに、手水舎のような建物がありました。

案内板によると、ただの手水舎ではなく、「夜泣泉(よなきせん)」という霊泉でした。創建の翌年、この寺院の僧侶により発見され、「いつも冷たく美味しくて、飲んでもお腹を痛めることがない」ため「極楽井」と、鎌倉時代の説話集には書かれています。

でもこの泉、夜のしじまに水の湧き出す音が、人のすすり泣きに聞こえるらしく、いつの頃からか「夜泣泉」と呼ばれました(怖)。三十三間堂の夜はさぞかし暗く、この水音は不気味だったことでしょう。夜になると泉の井戸が振動したという話もあって、ますます怖い。

このままいけば、怪談になるのが必須のところ、いつの頃からか地蔵尊が祀られると泉も静かになり、「子供の夜泣き」封じに霊験あらたかと評判になりました。地蔵尊の前掛けを持ち帰り、子供の枕に敷けば、夜泣きが治るそう。それを知らなかった私は、「赤ちゃん夜泣きで困ったな~」というあのCMソングを、子守唄代わりに歌うしか、なすすべを知りませんでした。もっと早くに知っておけばと悔やまれます。

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