2022年5月の連休を利用して、愛知県の『どうする家康』ゆかりの地を、いくつか巡ることができました。
5月4日に、安城(あんじょう)市の松平氏ゆかりの地・安祥(あんじょう)城跡と、家康を苦しめた三河一向一揆の拠点・本證寺(ほんしょうじ)を訪れた後は岡崎市へ移動し、まずは岡崎城や岡崎公園を見学。
亀がいっぱい! 亀に癒される珈琲園亀屋
朝からかなり歩き回り、三河武士のやかた家康館で疲労困憊になってしまった私たちは、とりあえず昼食を摂ることにしました。
どの店が美味しいのかも全く調べていなかったので、うろうろ歩き回った結果、
岡崎公園近くにあった「珈琲園亀屋」という店に入ったのですが
店内に入ってびっくり! 名前の通り、店内には亀の置物や剥製がいっぱい!
ちょっとした博物館みたいでした。
野菜サラダ付きのオムライスと
食後のアイスコーヒーで、2人で2,120円。後で調べてみたら、愛知県の喫茶店らしく、モーニングサービスがかなりのボリュームらしいです(パンとおにぎり、ゆで卵)。愛知県のモーニングサービスはまだ未経験なので、いつか機会があったら食べてみたい!
松平家の菩提寺・大樹寺
そこから次の目的地・大樹寺までは、タクシーで移動しました。
グーグルマップによると、徒歩だと40分以上かかるようですが、車だと10分ほどで到着。
ここは松平家の菩提寺で、桶狭間の敗戦を知った家康(当時は松平元康)が大高城から退去し、岡崎城に入る前に身を寄せた寺院です。岡崎城には今川の残兵がいたので、城に入るのを遠慮したのでしょうか。どちらも今川方なのに、ちょっと行動が謎です。岡崎城の人々は本当に家康らを迎え入れてくれるか、不安だったのでしょうか。
現在の建物は、幕末の火災の後、再建されたもの。
浄土宗の寺院なので、本堂には「厭離穢土(おんりえど)欣求浄土(ごんぐじょうど)」の語句や阿弥陀如来像。
本堂左手の厨子には、3代将軍家光の乳母として有名な春日局が念持仏としていた地蔵菩薩像もありました。
徳川歴代将軍の位牌
撮影禁止でしたが、大樹寺には徳川幕府歴代将軍(自らを赦免した明治天皇に感謝し、神式で葬られた最後の将軍・徳川慶喜を除く)の位牌が安置されていました。これは家康の遺言によるものだそう。
驚いたことに、それぞれの位牌は、その将軍の臨終のときの身長と同じという説があるらしく、これによると家康は身長159cm。私と同じです!
不思議なのは、64歳で亡くなった5代将軍・綱吉の位牌が124cmほどしかないこと。本当にこんなに背が低かったのかな? 謎ですね!
家康が自害しかけた松平家八代の墓
僅か18名の家臣とともに大樹寺に入った家康ですが、討手(家康に反発する松平一族?)に寺を囲まれ、絶体絶命の大ピンチに陥ってしまいます。どうする家康!
彼は松平家先祖代々の墓の前で潔く自害することを決意し、住職の登誉(とうよ)上人にそれを告げますが、登誉上人は「厭離穢土欣求浄土」の教えを説いて家康を諭し、自害を思いとどまらせたのだとか。
大河ドラマ『どうする家康』では、当時若干13歳くらい(本多平八郎忠勝と同じ年ごろ)の榊原小平太(康政)が自害を思いとどまらせていますが、これってもともと、登誉上人(里見浩太朗さん)の台詞では?
ドラマでは登誉上人の出番や台詞があまりなくて、里見浩太朗さんの無駄遣いだ!とひそかに心配しています。大樹寺の関係者の方々も、きっと気をもんでおられるでしょう。
ちなみに1969年には、岡崎市民により徳川家康の墓と碑が建立されています。岡崎の人々の、家康への深い愛を感じることができました。
大樹寺境内には、徳川家康手植えと伝わる、とても見事な椎の木もあります。お見逃しなく。
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