2022年5月の連休を利用して、愛知県の『どうする家康』ゆかりの地を、いくつか巡ることができました。
5月4日に、安城(あんじょう)市の松平氏ゆかりの地・安祥(あんじょう)城跡と、家康を苦しめた三河一向一揆の拠点・本證寺(ほんしょうじ)を訪れた後は岡崎市へ移動し、まずは岡崎城を見学。
次は広い岡崎公園内に点在する、家康関連の場所を巡りました。
胞衣塚と産湯の井戸
岡崎城は、徳川家康が誕生した城です。
そのため、家康の出産にまつわる史跡も多く、最初に訪れたのは「東照宮胞衣(えな)塚」。
胞衣(えな)というのは、胎盤やへその緒など子宮内での胎児の発育に不可欠なものですが、出産とともに分娩されるもの。
日本では古来より胞衣には呪力があると信じられ、子供の健やかな成長を願って胞衣を土に埋めることが行われていたようです。
そこから北に向かった場所にあるのが、「東照宮産湯の井戸」。
家康の出世にあやかろうと、開運スポットにもなっているとか。
2015年に井戸の水を汲み上げたため、直接水に触れられるようになっています。私も触ってみました。家康の強運にあやかれるかな?
家康のからくり時計と本多平八郎忠勝像
「三河武士のやかた家康館」を目指して歩いていると、大きな時計がありました。
旅行前に見たYouTubeで、これが「からくり時計」だと知っていたので、実際に見てみることに。
毎時00分・30分にからくりが作動するので、ちょうどそろそろ動き出す時間です。
からくりが始まりました!
家康が、能舞台で能を舞うという仕掛けで、途中から一瞬で翁の面をつける早変わりも!
家康は若いころから能を学び、特に幸若舞を好んだようです。
からくり時計の近くには、徳川四天王の1人で、岡崎公園内の龍城(たつき)神社に家康とともに祀られている本多平八郎忠勝の像もありました。
三河武士のやかた家康館
三河武士のやかた家康館は、家康の生涯や彼を支えた家臣たちについて学べる歴史博物館。
現在は大河ドラマ館になっているようです。
撮影可能な場所にあったこの鎧と兜は、関ケ原の戦い時に家康が着用していたと伝わる「伊予札黒糸威胴丸具足」(いよざねくろいとおどしどうまるぐそく)。シダの葉状の兜の前立てから、「歯朶具足」(しだぐそく)とも呼ばれています。大河ドラマで現在着用している「金陀美具足」(きんだみぐそく)より、個人的にはこちらの方が好き。
館内はパネルや(複製)資料などで、家康の生涯を紹介しているのですが、朝から歩き回ったため、さすがに疲れがピークに。
おもてなし武将隊(グレート家康公「葵」武将隊)の演武を見る元気もありませんでした。現在は大河ドラマ間になっているので、どんな感じになっているのか見てみたいな。
岡崎公園にある家康像いろいろ
岡崎公園には、徳川家康の銅像がいくつかあります。
まず1つめは、「東照宮産湯の井戸」近くにある竹千代像。
そして、石垣と滝を背景にして立つ松平信康像。
岡崎城を背にし、日光東照宮の方を向いているそうです。
その向かいにある、徳川家康公像。こちらは天下人になる風格を漂わせた像ですね。私たちは見ていないのですが、大河ドラマ館(三河武士のやかた家康館)のそばには、「しかみ像」もあるそうです。
こちらは岡崎公園の修築・改修に力を入れた第4代岡崎市長・小瀧喜七郎の像。彼の努力あってこそ、今の美しい岡崎公園があるのですね。
先人の努力に感謝しつつ、岡崎公園を後にしました(写真は再建された岡崎公園の表玄関・大手門)。
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