14年ぶりのクアラルンプール6  クアラルンプール発祥の地へ 劇的に変わった夜の風景

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「クアラルンプール」の地名が意味するもの

2026年7月16日(木)早朝にクアラルンプールに到着し、チャイナタウンの老舗人気カフェ・何九海南茶店(Ho Kow Hainam Kopitiam)で少し豪華な朝食を摂った私たちは

14年ぶりのクアラルンプール3  チャイナタウンの老舗・何九海南茶店で朝食を

2026年9月3日

Grabタクシーで、クアラルンプール近郊のバトゥ洞窟を訪れ

14年ぶりのクアラルンプール4  マレーシア随一のヒンドゥー教聖地・バトゥ洞窟

2026年9月6日

再びクアラルンプールの中心部・ムルデカ広場に戻ってきました。

14年ぶりのクアラルンプール5  ムルデカ広場とスルタン・アブドゥル・サマド・ビル

2026年9月8日

ここはクアラルンプールの中心部と言ってもいい部分なのですが、もう1つ、この近くにクアラルンプールにとって重要な場所があるのです。

私たちは何気なく「クアラルンプール」と一気に発音するし表記しますが、元々は「クアラ・ルンプール」。マレー語で「クアラ」は2つの川の合流点、「ルンプール」は泥の意味。つまり「クアラ・ルンプール」とは、「2つの泥の川の合流地点」という意味だったのですね。

クラン川とゴンバック川の合流点周辺で錫の大鉱脈が発見されて大量の中国人労働者が移民し、金融や貿易に従事するインド人も移り住んだことから、クアラルンプールが発展したのでした。鉱山で採掘した錫を洗ったら、川が泥のようになってしまったのが命名の由来だとか。

以前宮本輝の小説『泥の河』の舞台となった土佐堀川の湊橋周辺を訪れたことがあるのですが

大阪中央卸売市場から『泥の河』の舞台へ ぽんぽん船が浮かぶ、2つの川が交わるところ

2025年6月28日

藁や板切れ、腐った果物などが流れている昭和30年代の土佐堀川と、錫採掘ブームに沸くクアラルンプールの川は、どちらも清濁併せ呑む過酷な社会を見ていたのかな。

様変わりした合流点に面食らう

私たちは2012年12月にクアラルンプールを訪れたことがあり、その時にこの辺りも歩いたのですが、

夜だったし、合流点に建つモスク(マスジッド・ジャメ)しか見えず、しかもモスクの拝観も終わっている時間。川なんて全く見えませんでした。

今回せっかく来たのだから、泥の川の合流点を見たいなと思っていたのですが

なんとまさかの大量ミスト! 暑さ対策なのでしょうか。14年前はこんなのなかったはずなのに。

モスクも霧にかすみそう。

調べてみると、2011年から濁っていた2つの川の大規模クリーンアップ作戦がスタートし、2017年からは夜間のイルミネーションも開始されたのだとか。

だからここは、夜間に来た方がいいのかもしれません。青い光とミストの演出(「ブループール」)がとても幻想的ですが、当然ながら泥の川は見えません。

噴水ショー(20:00開始)もあるのですが、ペトロナス・ツインタワーの噴水ショーと比べるとはるかに地味で、エンタメ色はありません。でも「十年一昔」の通り、昔に比べるとまさに隔世の感があります。クアラルンプールの泥の川は、大阪の泥の河よりも、はるかに劇的に生まれ変わっていたのでした。

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