『逃げ上手の若君』ゆかりの地1 若君の父・北条高時の菩提を弔う宝戒寺

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来年の大河ドラマの舞台にもなる場所

『週刊少年ジャンプ』に連載が始まった『逃げ上手の若君』の舞台の1つは、鎌倉です。鎌倉時代末期から南北朝時代を描く、異色の時代設定。

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鎌倉と言えば、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台にもなりますね。

先日、その鎌倉を訪れる機会がありました。

いろいろな場所を訪れましたが、宝戒寺は、『逃げ上手の若君』『鎌倉殿の13人』の両方共にゆかりのある、お得な?場所。

鶴岡八幡宮にも近いです。

なんとこの地は、『鎌倉殿の13人』の主人公・北条義時が第2代執権となって邸宅を構えていた場所で、「小町亭」と呼ばれていたのでした。

その後も5代時頼(ときより)、8代時宗、9代貞時、そして『逃げ上手の若君』の主人公・北条時行の父である14代執権高時も、ここに暮していたのです。

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この門を見ると、思わず入りたくなってしまいますね!

北条氏の紋・三つ鱗です!

後醍醐天皇や足利尊氏が建立した鎮魂の寺院

この寺院を建立したのは、なんと、「鎌倉幕府滅亡の張本人」後醍醐天皇。

新田義貞軍に攻められて、一族郎党870余人と共に自害した北条高時の屋敷跡を、鎮魂のために寺院としたのです。

天台宗の寺院で、ご本尊は地蔵菩薩。

鎌倉幕府が滅亡した5月22日には、今も毎年盛大な法要が営まれているとか。

本尊地蔵菩薩の他に、寺の門前石碑に書かれていた秘仏の「大聖天(しょうてん)」(歓喜天)も有名らしいです。大聖歓喜天堂を参拝し忘れたのが、とても残念。

かわいい絵馬があるお堂は、太子堂。

本尊の聖徳太子は寺院建立のため、大工など優れた工芸技能者の育成を図ったといわれ、これにちなみ諸職人の守り神として信仰されています。

こちらはとび職の組合が建立した慰霊塔。建設現場の安全を祈りました。

神になっていた北条高時

この写真は「権現堂」。普通なら「東照大権現=徳川家康」なのですが、

ここではなんと、「徳祟(とくそう )大権現」。得宗(とくそう)とは、北条氏の中でも嫡流(総本家)の当主を指し、最後の得宗が、北条高時でした。

つまり北条高時が神として祀られていたのです。知らなかったのでびっくり!

ちなみに北条家も鎌倉時代中期以降は分家が増え、嫡流の当主がまだ幼いときは、成長するまでワンポイントリリーフのように、分家から執権が登場することもありました。

幕府が滅亡したとき、最後の執権は(16代)北条守時でしたが、彼よりも高時の方が実権を握っていたのです。

北条高時と、彼に準じた人々を慰霊する塔。

宝篋印塔(ほうきょういんとう)と呼ばれる仏塔のスタイルです。塔の手前にある香炉には北条氏の紋・三つ鱗がありました。

この寺院を建てた後醍醐天皇も、やがて足利尊氏と対立して失意の内に亡くなり、今度は後醍醐天皇を祀るため、足利尊氏によって京都嵐山に天龍寺が建てられるというのが、なんとも皮肉。

宝戒寺は「萩の寺」として知られているので、今度は萩の季節に訪れてみたいなと思いました。そのときは是非、大聖歓喜天にも参拝しないと!

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