千手観音の化身・童男行者
2022年3月6日(日)、和歌山県紀の川市にある西国三十三ヶ所観音霊場第三番札所の粉河寺(こかわでら)に参拝する機会がありました。
三十三ヶ所札所の御朱印を頂くための参拝だったのですが、実はこの寺院は、豊臣秀吉・秀長の「豊臣兄弟(当時はまだ「羽柴兄弟」)と対立し、1585年の「紀州攻め」で全山焼失したという歴史を持っているのです。紀州攻めで羽柴兄弟と対立した寺院としては、和歌山県岩出市の根來寺(ねごろじ)が有名で、僧兵による鉄砲隊も組織されていたのですが、ここも全然焼失。ドラマで紹介されるのは、根来寺の方かな。
現在の建物は、江戸時代に紀州徳川家により再建されたもの。まず最初に見えてきたのが大門。
この門は、和歌山県では高野山、根來寺に次ぐ県内第3位の大きさだそうです。赤が鮮やか!
門をくぐるとすぐに、蛭子(えびす)神社がありました。静かな神社でしたが、毎年1月10日(粉河十日えびす)の日は、商売繁盛を願う人々で賑わうのだとか。
道を進むと見えてきたのが、徳川吉宗の寄進と伝わる童男(どうなん)堂。粉河寺の伝説に登場する、童姿の行者(童男大士)=千手観音の化身を祀っています。猟師・大伴孔子古の庵に泊めてもらったお礼に千手観音を刻み、金色の千手観音像を遺して姿を消したり(この庵が粉河寺になる)、長者の娘の重い病を治し、住まいを訪ねると小さな庵に観音像があったり(象の手にはお礼の品)という伝説の童男行者。童(子供)には神聖な力が宿るとよく言われますが、この伝説もその1つかな。
門前の商店街・粉河とんまか通りにも、この童男行者の可愛い像がありました。平安時代から、この伝説と共に粉河寺は、観音霊場として有名だったそうです。
西国三十三ヶ所最大級の本堂と、謎の本尊
歴史ある大寺院らしく、境内には仏足石や
太子堂
中門など
多くの建物が並んでいます。
何か儀式もあるようでした。護摩焚きかな?
この場所に立つのが、堂々とした本堂。江戸時代中期の再建で、西国三十三ヶ所観音霊場第の中では最大規模です。ところがこの中に鎮座するご本尊は、「絶対秘仏」とされて、誰も見た人がいないのだとか。この大きな本堂下の地中に、ご本尊は埋められているそうです。どんなお姿なのかな。
時間があればぜひ庭園も
今回悔やまれたのは、粉河寺の庭園を見ていないこと。
塀越しにちらりと見えたのですが、桜?がとても美しい。
紀州の名石を含む、多数の巨大な岩石がそびえ立つという庭園。ちゃんと下調べしていれば、この庭園の素晴らしさに気が付いていたはずなのですが、帰りを急いだばかりに、見逃がしてしまいました。いつか再訪する機会はあるかな?






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