『豊臣兄弟!』ゆかりの天王山を登る1  山崎宗鑑ゆかりの地でもあった天王山麓

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コンサートの前に軽く山登り

2026年1月15日(木)、この日は京都コンサートホールで19:00から、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の演奏を聴く予定がありました。会場近くのいつものお気に入りの店で軽く夕食を摂るとしても、18時頃に京都に着けば十分。それまで家でのんびりできるかなと思っていたら、いきなり夫が

「コンサートの前に、天王山に登ろう」

と言い出したのです。どうやらこの前夜に見たNHKの『歴史探偵 秀吉のライバル 明智光秀』に影響されたみたい。しかも、昼食後に自宅を出発し、天王山に登ってから京都の北山へ行って食事をしてコンサートに行くというのです。せっかくクラシックのコンサートに行くのだから、少しお洒落な服や靴で出かけようと思っていたのに、その夢は潰えました。

「気軽に登ることができる」「標高約270m」「子供からお年寄りまで楽しめる」「駅から山頂まで徒歩約60分」などとインターネットでは紹介されており、夫はすっかりそれを信じて楽勝ムード。でも本当に、体力のない私でも大丈夫なのかな? クラシックコンサートが控えているので、トレッキングシューズやトレッキングポールは諦めましたが、とても心配しながら家を出ました(この時の体験が、2か月後の三上山登山に活かされています)。

春の近江富士(三上山)への旅1  きっかけはよんチャン登山部 

2026年3月31日

最寄り駅である阪急大山崎駅には、特急は停まりません。普段利用しない準急に乗ったのですが、乗客が少ないせいか、最後尾車両だったからか、とにかく横揺れが非常に激しく(いつもこんなに揺れるのかな?)

大山崎駅に到着した段階で、2人ともかなりヘロヘロ。前途多難なスタートになりました。

俳諧連歌の祖・山崎宗鑑が暮らした場所

京都と大阪のちょうど境目に位置する京都府乙訓郡大山崎町には、面白そうな史跡や観光名所がたくさんあるのですが(詳しくはこちらをご覧ください)、今回は後の予定があるので、天王山のみを目指します。

駅前で、早速モニュメントや案内板を発見!

あちこちに案内矢印があって、迷うことなく進めました。

JR西日本の線路を横切って進みます。かなり距離があります。無理な横断はやめましょう。

踏切を渡るとすぐに、「天王山登り口」という立派な石碑が見えてきます。

でもよく見ると、他にも何やら解説板らしきものが。

その解説板によると、ここは俳諧連歌(短歌の上の句と下の句を別の人が詠み、機知的な笑いを伴う文芸)の祖とされる山崎宗鑑(やまざき そうかん)が住んだ「冷泉庵」があった場所。

元々近江の地方武士だったけれど、仕えていた9代将軍足利義尚(母は日野富子)が陣中で没すると出家して、山崎に隠棲したので「山崎宗鑑」と呼ばれたのだとか。『新選犬筑波集』の撰者としても知られています。

写真右側の歌碑には、「うつききてねぶとに鳴くや郭公(ほととぎす)」。「卯月(4月)来て、音太く鳴いているホトトギス」という雅な意味と、「疼いてきて、根太(おでき、腫物)に泣くやホトトギス」という裏の意味(友人を揶揄?)を、「掛詞(かけことば)」の技法で表現しています。庶民的で、時には滑稽なこの俳諧連歌から、松尾芭蕉らに代表される俳諧が誕生するんですね。知らなかったな。

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