『豊臣兄弟!』ゆかりの天王山を登る2  秀吉の本陣もあった宝積寺

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聖武天皇の宝を奉納した「宝寺」

2026年1月15日(木)、この日は京都コンサートホールで19:00から、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の演奏を聴く予定がありました。しかし、この前夜に見たNHKの『歴史探偵 秀吉のライバル 明智光秀』に影響された夫は。昼食後に自宅を出発し、天王山に登ってから京都の北山のレストランで夕食を食べてからコンサートに行くというのです。

仕方なく彼に付き合って、阪急大山崎駅から天王山登り口へ到着。いよいよここから山登り。

『豊臣兄弟!』ゆかりの天王山を登る1  山崎宗鑑ゆかりの地でもあった天王山麓

2026年4月21日

車も走るコンクリートの道なのですが

斜面がなかなか急なのです。

5分ほど登ったところで、立派な門が見えてきました。天王山中腹にある真言宗の寺院・宝積寺(ほうしゃくじ)の仁王門。奈良時代、聖武天皇の勅願(命令)により行基(ぎょうき)によって建立された寺で、通称は「宝寺(たからでら)」。

723(養老7)年、文武天皇の第一皇子が、夢に出現した龍神に打出(棒状のもの)と小槌を授かり、祈願すると天皇に即位した(=聖武天皇)と伝わります。聖武天皇は奈良の都から恵方(えほう)=縁起のいい方角にあたり、景勝の地でもあった山崎の里に、龍神から授かった宝を奉納する寺院を建立したのだとか。

(ここから先は、トイレもなさそうです。気を付けましょう)

本堂には、ご本尊の十一面観音が祀られていますが

本堂に隣接するこのお堂の方が、幟がたくさんあって、華やいだ雰囲気だったのです。後で知ったのですが、これこそ聖武天皇が授かった「打出」と「小槌」、そして大黒天神を祀る「小槌宮」だったのでした。

秀吉ゆかりの「出世石」と三重塔

山城と摂津の国境であり、宇治川、木津川、桂川の合流する地である山崎は、天王山の麓を西国街道が通る交通の要衝。そんな山崎には、南北朝時代以前からすでに城があったようですが、山崎の戦で羽柴秀吉がこの城を拠点とし、この宝積寺も含めて城郭として利用されました。この寺には、秀吉の本陣が置かれていたわけです。

境内には、秀吉ゆかりのものもたくさんあります。本堂脇には、その名も「秀吉の出世石」なるものが! 山崎の合戦の際、秀吉がこの石に腰かけて采配を振るい、その後天下人になったことからそう呼ばれるようになったとか。

以前何かのテレビ番組で、有名人が(名前忘れました)座っていたのを見たので、普通に石がドーンと置かれているのかなと思っていたのですが、囲われていてびっくり。まぁ、誰でも彼でも座るわけにはいかないかな。

この美しい三重塔も、秀吉が山崎の戦の後、一夜にして建立したという伝説があると知ってびっくり。秀吉って墨俣一夜城や備中高松城水攻めなど、資金と人間を派手に使って土木工事をやるのが好き(得意)だけど、その資金や人手のやりくりは、弟の小一郎長秀(当時はまだ「秀長」ではありません)にかかっていたのですね。ドラマでは、宝積寺は登場するかな? しっかりチェックしようと思っています。

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