2026京の夏の旅1  織田信忠と祇園閣で有名な大雲院へ

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中村雅俊さんの番組で見た場所へ

2026年7月11日(土)、第51回「京の夏の旅」に因んで、いくつかの非公開文化財を訪れました。

目的地の1つは、時々夫と見ている『あなたの知らない京都旅』で、6/15に放送された『非公開の悲報を巡る!名刹の秘仏&絶景』紹介されていた場所の中から、面白そうな場所に行ってみること。

その1つが、「京都には、金閣、銀閣に次ぐ、“銅閣”がある」と紹介された大雲院の祇園閣。

「祇園閣」の名の通り、八坂神社からも近い場所にありました。阪急の京都河原町駅からも、徒歩で15分ほど。

普段非公開の大雲院。

開門の前から行列ができていました(予約は不要)。

織田信長の嫡子・信忠ゆかりの大雲院

私たちは祇園閣目当てで大雲院に行ったのですが、拝観順路があり、まず本堂を拝観して、説明を伺いました。そこで、大雲院が1587(天正15)年、正親町(おうぎまち)天皇の勅命により、織田信長・信忠父子を供養するために創建された寺院であることを知ったのです。

信長は二条に京での宿所を建てましたが、やがてその建物は皇太子に献上され「二条新御所」と呼ばれました。本能寺の変の際、同じく京の妙覚寺に泊まっていた信忠は、皇太子らを御所に移した後に二条新御所で明智勢と戦い、自害しました。二条新御所も灰燼に帰し、そこに最初の大雲院が建てられたのです。大雲院という寺の名は、信忠の戒名から採られたものでした。

当初は烏丸二条南にあった大雲院は、秀吉の京都大改造により寺町四条に移されました。近代になって寺町四条が商業地として繁栄すると、寺の土地を高島屋京都店に売却し、大倉財閥創始者・大倉喜八郎の別邸の一部を購入して移転したそうです。だから本堂は新しい。

ちなみに信長の戒名「総見院」を寺の名とするのは、大徳寺の塔頭・総見院。信長の一周忌に間に合うよう、信長の葬儀が営まれた大徳寺に、羽柴秀吉によって建立されました。ご本尊は、秀吉が沈香で造らせた信長の木像。

一方大雲院のご本尊は、阿弥陀如来像。現在のご本尊内部に収められている阿弥陀像が、創建当初のご本尊の可能性が高いです。

ご本尊は残念ながら撮影禁止でしたが、本堂の展示品は撮影可能で、織田信長の肖像や

信忠の肖像、

大雲院開山の貞安(じょうあん)上人の肖像や

上人が浄土宗代表として、法華宗(日蓮宗)と安土で争論し、日蓮宗の僧侶を論破した際に信長から賜った軍配団扇など、織田信長に因む展示品が多かったです。

そして毘沙門天と

韋駄天(いだてん)像も撮影OK! 韋駄天像はなかなか見る機会がないのですが、走る姿勢ではないせいか、特に足の速そうな雰囲気はありませんでした(失礼)。

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