2026京の夏の旅2  謎の建物・祇園閣へ初潜入! 大倉喜八郎の夢の跡

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知る人ぞ知る祇園閣

2026年7月11日(土)、第51回「京の夏の旅」に因んで、いくつかの非公開文化財を訪れました。

目的地の1つは、時々夫と見ている『あなたの知らない京都旅』で、6/15に放送された『非公開の悲報を巡る!名刹の秘仏&絶景』紹介されていた場所の中から、面白そうな場所に行ってみること。

その1つが、「京都には、金閣、銀閣に次ぐ、“銅閣”がある」と紹介された大雲院の祇園閣。

最初に本堂に案内され、参拝して説明を聞いた後

2026京の夏の旅1  織田信忠と祇園閣で有名な大雲院へ

2026年8月14日

いよいよ祇園閣へ! この建物は、今まで時々ちらりと屋根を見たことはあったのですが、近くで見たこともなく、どんな建物なのかわからない「謎の建造物」でした。それもそのはず、この辺りは元々、一代で大倉財閥(傘下には大成建設、ホテルオークラ、帝国ホテル、日清製油など)を築きあげた大倉喜八郎の別邸「眞葛荘」。祇園閣はその一画に、1927(昭和2)年に建てられました。鉄筋コンクリート造3階建で、高さは36m。頂きには、喜八郎の幼名・鶴吉にちなみ、金色の鶴が翼を広げています。

大倉喜八郎が「金閣、銀閣」に次ぐ「銅閣」として祇園閣を造らせたため、屋根は銅板葺き。遠くから見ると、緑青(ろくしょう)色の屋根が一際目立つのです。そしてこの独特の屋根の形は、祇園祭の山鉾を模したもの。1927(昭和2)年に京都御所で挙行された昭和天皇即位の礼を記念して、祇園祭の山鉾を祭の時期でなくても人々に披露したいと願って建てられました。

独自の建築デザインで知られる建築家・伊東忠太により設計された祇園閣の内部は、残念ながら撮影禁止。入口にある額「祇園閣」は、西園寺公望の筆によるものとか。1988年には、敦煌莫高窟壁画の模写が、中国人画家によって描かれました。1980年代はNHK特集『シルクロード』により、敦煌莫高窟も注目されていたことを懐かしく思い出しました。

祇園閣からの絶景

階段を登って、やっと祇園閣最上階へ。大谷本廟を望む方向は撮影禁止でしたが

それ以外の方向は自由に撮影できました。霊山(りょうぜん)観音や

八坂の塔はもちろん

知恩院の伽藍の屋根や

平安神宮の鳥居まで見えたのにはびっくり。

ただ残念なのは、織田信長と信忠の墓(右の立派な墓)は見えたのですが(祇園閣参拝を終えて、墓地の門越しにも撮影できました)、

番組内で紹介されていた、伝説の大泥棒・石川五右衛門の墓は、今回見ることができなかったこと。

案内してくださった方に尋ねると、祇園閣の上からは見えにくい位置にあるのだとか。そして今回の公開時期が、お盆の墓参時期に重なっているので、一般の墓参客に迷惑をかけないようにと、今年は墓地が非公開になったそう。またいつか、ご縁があったら墓参りしてみたいものです。

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