豊臣兄弟ゆかりの一宮城へ2  北側登山道は整備された道 頂上からの眺めは素晴らしい! 

スポンサーリンク



整備された道でも、山城ムードは満喫できる!

2025年9月15日(月)の祝日を利用して、大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公である豊臣秀吉の弟・秀長ゆかりの、一宮城跡(徳島市)を訪れる機会がありました。

戦国時代の四国の覇者・長宗我部元親は、小牧・長久手の戦い前に徳川家康から秀吉の背後を衝くよう要請され、度々背後を脅かされた秀吉は、四国攻めを考えるようになりました。その時に主戦場の1つとなった城が、一宮城。病で倒れた秀吉に替わって総大将を務めた羽柴秀長が、なかなか落とせず苦しめられた城です。

10:45に徳島駅出発する一宮線のバスに乗り、バス停「一の宮札所前」で下車し、すぐ近くにある登り口から出発。

豊臣兄弟ゆかりの一宮城へ1  秀長軍を苦しめた一宮城へは徳島駅から路線バスで

2026年5月23日

登り口にある杖を借りずに出発したのですが

有難いことに、歩きやすい階段の道が続いていました。

これなら杖なしでも大丈夫かも!

この山には、羽柴秀長軍が攻めてくるもっと前の平安時代後期(12世紀)、神宮寺という寺がありました。

当時はお釈迦様の教えが衰える末法の世とされ、救いをもたらす弥勒菩薩が未来に出現するまで、ありがたいお経を地中に埋納しました。そんな平安人の思いがこもったタイムカプセルが、出土したのです。未来に希望を託した平安人の気持ち、わかるような気がします。

「神宮寺谷道」という道もありました。登山道からは、少し離れるようです。倉庫跡へと続いているようですが、

そちらには行かず、階段状に整備されているメインの道(北側登山道)を行くことに。

この道を進んでも、斜面を横切ろうとする敵兵の進路を遮る竪堀(たてぼり)跡や

虎口(こぐち=城の入口で、最も厳重な防御施設が施された場所)があり、山城ムードを満喫できます。

こちらの道を行くと、本丸の南側を防御する「小倉丸」。これ以外にも多くの曲輪がこの山(東竜王山の枝尾根)には設置され、羽柴秀長軍が攻めてきた時には1万の城兵が一宮城を守っていたそうです。

頂上の本丸へ! 眺めは絶景

私たちは小倉丸へ行くのは断念し、ひたすら本丸を目指します。

見えてきたのは、門跡。その先の道が2つに分かれ、右へ行けば、本丸の北東部にあり北側からの攻撃を防御する「明神丸」ですが、私たちは左側の道へ。

ようやく見えてきた、一宮城本丸跡。とても立派な石垣にびっくり。

周囲に石垣が組まれているのは、本丸だけのようです。

石段を登ると、本丸に到着!

解説板や

初代~第12代(11代説も)の城主を祀った(すべて一宮氏)若宮神社もありました。

標高144.3mの本丸部分からは、徳島市街が一望できます。

高さの点では、標高432mの滋賀県三上山(みかみやま)や、標高270,4mの京都府天王山よりかなり低いのですが、眺めはなかなか良くて、激しい城攻めがあったこともつい忘れがちになりました。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です