klookで行くマラッカ歴史地区6  セント・ポール教会跡とザビエル像

スポンサーリンク



懐かしのセント・ポール教会跡

2026年7月18日(土)、クアラルンプール滞在3日目は、昨日klookで探した英語のグループツアー(バスツアー)

クアラルンプール発マラッカ歴史地区日帰りツアー(昼食なし・現地集合)

に参加しました。料金は大人3人で12,318円。昼食はつかないですが、なかなかコスパの良さそうなツアーです。サンチャゴ砦の近くに到着して少し自由散策をした後、皆で一緒にセント・ポールの丘に登りました。

klookで行くマラッカ歴史地区5  独立宣言記念館とセント・ポールの丘

2026年10月9日

この丘の上にあるのが、マラッカの観光名所として名高いセント・ポール教会跡。私たち夫婦も、15年前にシンガポール発のバスツアーでここを訪れたことがあるので、とても懐かしい!

マラッカをポルトガルが占領していた1521年に建立されたとされ、マレーシアだけでなく東南アジアで最古の教会と言われています。当初は「受胎告知の聖母教会」と呼ばれたカトリック教会でした。

でもマラッカの支配者がポルトガルからプロテスタントのオランダに替わると、この教会はセント・ポール教会と改称され、カトリックからプロテスタントの教会になりました。1753年、セント・ポールの丘のふもと(オランダ広場)にムラカ・キリスト教会が建立されると、セント・ポール教会は教会として使用されず、要塞になっていきます。

マラッカがイギリスに占領されると、セント・ポール教会は火薬庫として使用され、ポルトガル人が建設した鐘楼(上)も、マラッカ海峡を航行する船の為の灯台として改築されました。

次第に教会は廃墟化してしまうのですが、でもこの光景が、何とも言えず風情があるのです。

教会内部も見どころいっぱい!

教会の中には、多くの墓碑が整然と並んでいました。

この墓石は、マラヤ連邦が独立した1957年、マラッカ州知事(イスラム教徒)公邸の庭園工事に伴って撤去されることになったムラカ・キリスト教会信者のもの。

カトリック教徒が手を差し伸べて墓石をここに移設し、破壊を免れたのだとか。後で調べたら、15年前にそんな説明を聞いていました。

そして最も人だかりがしていたのがこの場所!

聖フランシスコ・ザビエルの棺が一時収められていた場所らしく(上と下の写真は15年前に撮影)

投入口から硬貨を入れて、一度も金網に触れずに地面に落ちたら幸運が訪れると15年前に説明されて夫婦で挑戦したのですが、ことごとく失敗。今回は挑戦しませんでしたが、下を覗くと地面に硬貨がたくさん落ちていたので、今でもまだ挑戦者がいるのかもしれません。

フランシスコ・ザビエルの右手

実はザビエルとこの教会は、深いつながりがあるのです。

1547年、東方布教を志していたザビエルは、この教会で日本人のヤジローと出逢い、1549年布教のため日本へ出航。1551年に日本を離れ、翌年中国本土上陸を目前に上川島で病没(享年46歳)。遺体は石灰を詰めて納棺され、マラッカからインドのゴアに移送されました。その時しばらく、この教会に安置されたのですね。

ザビエルの遺体はゴアのボム・ジェズ教会に安置されましたが、右手はイエズス会総長の命令で切断され、現在ローマのジェズ教会に安置されています。セント・ポール教会跡のザビエル像も右手がありませんが、これは偶然落雷で木が倒れ、像の右手が折れてしまったためらしい。でも偶然とはいえ、不思議ですね。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です